手に持っている傘に
水滴を弾く音が強く響き続ける。
ばらばら。ばらばら。
内側から覗く外は、どこも鈍色。
まるで彩りが失われた世界みたいだ。
報せを聞いたのは四日前。
予定をこじ開けてようやく現場に来た。
既に供えられた花束の数々。
美しい花弁は、今日の雨で散ってしまったようで。
それをただ見つめることしか出来ない。
何も知らない人たちは、避けるように歩いていく。
置かれた花を一瞥し、日常へ戻っていく。
すぐ横を走る車の音
すれ違う人たちの話し声
街中で流れるモニターの音
全てに置き去りにされる。
其処に佇んだまま。
雨音が、響いている。
───『雨に佇む』(2024.08.27.)
気がつけば日が沈み、星がまたたく時間だ。
立ち上がり、自室の電灯をつける。
古い家だからか、何度か明滅してからゆっくりと明るくなった。
ベッドではなく、机の椅子に腰掛ける。
ぎぃ、と軋む音を立てているが、壊れる様子は無い。
変わらず、いつものようにボールペンを取り
何冊目かもわからない、ノートを開いた。
さて。
唐突だが、私には日課がある。
私はこれを「日記」と読んでいるが、
おそらく大半の人はそうは言わないだろう。
日記と言えば、その日にあった出来事を
つらつらと書き連ねていくものかと思う。
そんな大それたものではない。
しっかりと思い出を綴ることもないし、
楽しかった、悲しかった、と
自分の感情を文章にすることもない。
ただただ
今日を生きた自分のため。
明日を生きる自分のために
応援、鼓舞、激励…
そんなニュアンスの短文を、書いている。
なんだ、そんなものか、と思うかもしれないが
これが案外、日記を開いた時の気分が良い。
人というのは単純な生き物だ。
けれどこの単純さに救われる部分もある。
さあ、今日はどんな言葉を
明日の自分に投げかけようか。
───『私の日記帳』(2024.08.26.)
横になるふたり。
互いの顔は、互いで見える。
目線を上げると、唇が弧を描いていて。
思わず顔を逸らす。
くす、と微笑ましそうに笑う声が聞こえた。
じわりと耳に熱が集まる感じがする。
誤魔化すように、繋いだ手にぎゅっと力を入れる。
何年もいるのに、まだ慣れない。
自分の脈の音がうるさい。
距離が近づいたことは嬉しいけれど、
隣と、向かい合わせじゃ、
全く、違う。
──『向かい合わせ』(2040.08.25)
重い瞼を開ける。
泥のように眠っていたようだ。
今は何時だろうか。
カーテンを閉め切っているせいで、
外が明るいのか暗いのかもわからない。
いつもなら携帯で確認するというのに、
それすらも億劫で。
自重で沈むマットレスは、
より深く落ちているような錯覚に陥る。
ああ、昨日はあんなにも、自由に過ごしたというのに。
朝の散歩、
昼のカラオケ、
夜の晩酌、
何をしても、憂いを晴らすことは出来ない。
この苦しみは、ずっと抱えたまま。
───『やるせない気持ち』(2024.08.24.)
澄み切った空。綿菓子のような雲。
燦々と照りつける陽の光。
眼前に広がるのは、広い、広い、海。
天井の青を映し、光を反射する海面は、昼のプラネタリウムのようだ。
その果ては見えない。水平線の向こう。
ずっとずっと、続いている。
ちゃぷ、と、足を浸してみた。
つめたい。
溶けてしまいそうな温度を、水が奪っていく。
足から、脚へ。
腰、背、首。
ぜんしん。
熱さで溶ける。
冷たさで融ける。
真逆だけども、似たようなものだな。
───『海へ』(2024.08.23.)