母の病室では、いつもと変わらない光景が繰り広げられていた。
自分の昔の自慢話しかしない父、母に話しかけながら屈託なく笑う妹、そしていつも寂しくてメソメソ泣く私。
まるで、自分の家のリビングをそのまま病室に移したかのような雰囲気だった。
病院から、母危篤の知らせを受け、駆けつけてから1時間、こんな感じだ。
最初苦しそうだった母の表情がだんだんと落ちつき、半分開いていた目がゆっくりと閉じた。
寝落ちのようなその瞬間だった。
死という終点は誰にでも確実に訪れ、母の場合はあくまでも日常の一コマだった。
家族の団らんを聞きながら、ゴールにたどり着いた。
老衰。生き物として極めて自然な姿だった。
今の自分より良く見せようとするから失敗する。
ありのままでいい。
上手くいかなかったら、次頑張るきっかけにすればいい。
そんな貴方を否定する権利は誰にもない。
上手くいかなくったっていい。
それも含めて貴方なのだから。
何もかもが、ドラマの中の世界だった。
スタンウェイのグランドピアノが鎮座する横に、高級な匂いのする革のソファがあった。
ソファに置かれているクッションには、美しい刺繍が施されている。
どっしりしたキャビネット棚の上に、幸せそうな家族写真がたくさん並んでいる。
「ゆっくりしていってね」
そのご婦人は、キラキラしたグラスについだサイダーを持ってきて、私の前にコトンと置いた。
「いえいえ、私は仕事でお伺いしてるんです。お客様の家で頂き物はしちゃいけない決まりなんです」
慌てて恐縮するが、「黙ってれば分からないわよ。まずは仲良くなりましょうよ」
ニッコリ笑って、ヘルパーである私の前に腰をおろす。
真っ白な髪に、真っ白な肌。
左の薬指に、オパールの指輪。
真っ赤なワンピースを着て、ほのかに良い匂いがする。
もう一度マジマジと彼女の顔を見る。
何も苦労せず、皆に愛でられて生きてきた女性。
私と正反対の世界。
憧れと羨望。裏腹に、その真っ赤な薔薇をグシャッと捻り潰したい感情に突如として囚われた。