何もかもが、ドラマの中の世界だった。
スタンウェイのグランドピアノが鎮座する横に、高級な匂いのする革のソファがあった。
ソファに置かれているクッションには、美しい刺繍が施されている。
どっしりしたキャビネット棚の上に、幸せそうな家族写真がたくさん並んでいる。
「ゆっくりしていってね」
そのご婦人は、キラキラしたグラスについだサイダーを持ってきて、私の前にコトンと置いた。
「いえいえ、私は仕事でお伺いしてるんです。お客様の家で頂き物はしちゃいけない決まりなんです」
慌てて恐縮するが、「黙ってれば分からないわよ。まずは仲良くなりましょうよ」
ニッコリ笑って、ヘルパーである私の前に腰をおろす。
真っ白な髪に、真っ白な肌。
左の薬指に、オパールの指輪。
真っ赤なワンピースを着て、ほのかに良い匂いがする。
もう一度マジマジと彼女の顔を見る。
何も苦労せず、皆に愛でられて生きてきた女性。
私と正反対の世界。
憧れと羨望。裏腹に、その真っ赤な薔薇をグシャッと捻り潰したい感情に突如として囚われた。
8/8/2024, 1:20:02 PM