川柳えむ

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7/10/2025, 9:06:30 AM

 愛している人と想いが通じ合った。
 届かないと思ってた。届いてほしいと願っていた。それが、届いた。
 それでも、課題は山積みだ。

 伯爵家のお嬢様である私は、従者のことをずっと想っていた。身分違いの恋。だから、どうしようもないとわかっていた。それでも、諦めたくなかった。
 どこかの貴族の男との結婚話が出て、ようやく、私達は素直になれた。
 ただ、今日はその顔も知らない男との顔合わせの日だった。

「体調不良ということにしておきましょうか。だって、その顔じゃ出られないでしょ。酷い顔してますよ」

 想いが通じ合った相手に言う言葉がそれ? たしかに、嬉しくて流した涙で顔はぐちゃぐちゃだけど。
 従者だろうが、恋人だろうが、彼は変わらず彼だった。

「ううん、行く」
「本気ですか?」
「うん。大丈夫。ちゃんと話してくるよ」

 従者の心配をよそに、私は初めて会う婚約者の前へと出向いた。
 もちろん、お断りの為に。

 そして、お父様からの雷が落ちた。

 わかっていた。きっと許して貰えないだろうと。
 私は伯爵家の娘。家の為に、格上の貴族と結婚するのが私の役目だった。
 それでも、お父様にわかってほしい。この気持ちが届いてほしい。ただのわがままだけど、どうしても譲れない気持ちがある。
 どうか、わかって。届いて。

「許せるわけないだろう!」

 お父様が机を力強く叩いた。

「おまえは、この家を捨てるだけでなく、これまでのおまえ自身の全てを捨てることになるのだぞ! それでも幸せになれると、本気で思っているのか!」
「いいえ、お父様! 私にとっての幸せは、この家にあるのではありません! 彼といることこそが私の全てで、私の幸せなのです!」
「わからぬか!? おまえが選ぶ道は、決して平穏な道ではないのだ。親として、そんな道を行かせられるはずがない!」
「そんなことはわかっています! 覚悟しています! それでも二人で生きていきたいの!」
「申し訳ありません、ご主人様。しかし……」
「従者が口を出すな!」

 お父様が私達二人を呼び出したのに、理不尽極まりない。

「ええい、もうよい! 一度部屋に戻り頭を冷やせ! 従者もだ。今日からは娘に仕えなくてよい! しばらく謹慎だ!」
「お父様!」
「ご主人様! ……承知いたしました」

 こうして、私達は話し合いの場を追い出され、そのまま自分の部屋へと連れて行かれてしまった。
 お互いに部屋を出ることを禁じられ、彼と話をすることもできない。でも、そんな言い付け、聞くはずがない。
 みんなが寝静まった深夜、部屋をこっそり抜け出して彼の部屋を訪れる。小さい頃から何度も屋敷を抜け出した実績があるのに、舐めないでほしい。

「お嬢様っ……!? なんて時間に……! 駄目ですよ。夜中に男の部屋を訪ねちゃ」
「でも、こうしなきゃあなたに会えないじゃない」

 彼の静止を無視して部屋の中へと入る。
 屋敷に仕える者の為の、こじんまりとした部屋。それでも、一人部屋だったのが幸いだった。

「もう。私達、駆け落ちするしかない」
「お嬢様! ……でも、ご主人様の言うことも最もです。私のような者があなたを愛すること自体が間違いなのですから」
「そんなの、私だってあなたを愛しているんだから、お互い様でしょ」
「それでも! 私に失うものは何もないのに、あなたは失うものが多過ぎる……。貴族であるお嬢様を平民にしてしまうことになるのですよ。それでも……本当によろしいのですか? 私と共に、そんな道を……」
「しつこい! 何を今更言ってるの! お父様にも言ったでしょ。あなたといることが私の幸せで、あなたが私の全てなんだって!」

 力いっぱい胸を叩く。これは私の本心だ。後悔なんてするはずがない。
 彼は、そんな私を優しく抱き締めた。

「……お嬢様は、ドMなんですか? 私にこんな風な扱いをされても、平民に落ちても、それでも私と一緒にいたいだなんて……」
「あなたね……。……言い合える相手がいないと、つまんないじゃない」

 私も彼の背中に手を回し、優しく抱き締め返した。


 娘が屋敷を出ていった。誰にも気付かれないよう、夜中に、静かに。娘の愛する者と共に。
 もしかしたら誰か手伝った使用人がいるのかもしれない。だとしても、わかりようがない。わかったところで、きっと娘は帰ってきてはくれないだろう。
 娘は気の強い子だ。やるといったら必ずやり遂げる。自分を曲げない子。
 だからきっと、どれだけ辛いことがあっても、幸せになるのだろう。
 ――それでも、私の気持ちもわかってほしかった。
 娘に苦労させたいなんて思う親がいるはずもない。今まで積み上げてきた全てを失って、何もないところから始めることを、歓迎できるわけがない。ただ、貴族として、幸せになってほしかったのだ。
 その気持ちは届かなかった。
 私が今できることは、遠くへ行ってしまった娘の幸せを祈ること。どうか、その思いが届いてほしい。


『届いて……』

7/9/2025, 8:28:38 AM

 その日、空は曇っていた。せっかくの海なのに、あまり良い景色ではないなと思った。
 でも、少し泣き出しそうな、これくらいの天気の方が丁度良かった。
 だって、もうわかっていたから。

「さよなら」

 別れを告げられたあの日。
 最後に見た海を、私はずっと忘れないと思った。

 思い出の浜辺で、私は一人佇んでいた。
 あの日とは違って、今日は夕陽が沈んでいくのがよく見える。

 何度も来た海だった。
 昔はそこに二人でいたはずだった。二人はそっと手を重ねていた。

 夕陽が沈み、夜の闇が訪れる。
 それでも、そのまま、動けずにいた。
 日が沈み切った海は、まるで全てを飲み込んでしまいそうな暗闇で。
 私自身も飲み込まれてしまうんじゃないかと思った。いっそ、本当に全て飲み込まれてしまったら、楽なのに。

 静かな海の上を、風が撫でるように流れていく。
 今一瞬、波が大きな音を立てて静寂を壊した。
 そしてまた、何事もなかったかのように、静かに暗闇に溶けていった。


『あの日の景色』

7/7/2025, 11:00:26 PM

 願い事を短冊に認める。
 切実な願いを。

 空の上で、織姫と彦星がその願い事を見ていた。
「切実ね……」
「こんな願いでいいのかな」
「でも、この願いを叶えるには、やっぱり本人の努力が必要ね」
 頑張って。と、織姫は願い事の主に願った。

[みんなが♡を押してくれますように]


『願い事』

7/6/2025, 10:46:31 PM

 スイーツ(笑)
 という、昔のスラングをつい思い出してしまった……。

 簡単に泣けるような大恋愛の甘い物語は書けないけど、この包みこんでくれるような青く広い空に、恋にも似た憧れを抱く物語なら書けるかもしれない。
 澄んだ青空を見上げ、想いを飛ばした。


『空恋』

7/6/2025, 6:21:34 AM

 海の近くに家を買った。
 波の音がよく聞こえる。夜は、それが心地良く、深い眠りへと誘ってくれる。
 今夜も波音がする。
 窓の向こうには、漆黒に広がる深淵の海が見える。
 オイデ
 ベッドの上で耳を澄ませていると、ザー……ザザーッ……と寄せては返す波音に混じり、何か別の音が聴こえてきた。
 オイデ
 でも、それが何かはよくわからない。
 コチラヘ
 ただ、今日も深い眠りに就けそうだと感じた。


『波音に耳を澄ませて』

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