川柳えむ

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 その日、空は曇っていた。せっかくの海なのに、あまり良い景色ではないなと思った。
 でも、少し泣き出しそうな、これくらいの天気の方が丁度良かった。
 だって、もうわかっていたから。

「さよなら」

 別れを告げられたあの日。
 最後に見た海を、私はずっと忘れないと思った。

 思い出の浜辺で、私は一人佇んでいた。
 あの日とは違って、今日は夕陽が沈んでいくのがよく見える。

 何度も来た海だった。
 昔はそこに二人でいたはずだった。二人はそっと手を重ねていた。

 夕陽が沈み、夜の闇が訪れる。
 それでも、そのまま、動けずにいた。
 日が沈み切った海は、まるで全てを飲み込んでしまいそうな暗闇で。
 私自身も飲み込まれてしまうんじゃないかと思った。いっそ、本当に全て飲み込まれてしまったら、楽なのに。

 静かな海の上を、風が撫でるように流れていく。
 今一瞬、波が大きな音を立てて静寂を壊した。
 そしてまた、何事もなかったかのように、静かに暗闇に溶けていった。


『あの日の景色』

7/9/2025, 8:28:38 AM