その日、空は曇っていた。せっかくの海なのに、あまり良い景色ではないなと思った。
でも、少し泣き出しそうな、これくらいの天気の方が丁度良かった。
だって、もうわかっていたから。
「さよなら」
別れを告げられたあの日。
最後に見た海を、私はずっと忘れないと思った。
思い出の浜辺で、私は一人佇んでいた。
あの日とは違って、今日は夕陽が沈んでいくのがよく見える。
何度も来た海だった。
昔はそこに二人でいたはずだった。二人はそっと手を重ねていた。
夕陽が沈み、夜の闇が訪れる。
それでも、そのまま、動けずにいた。
日が沈み切った海は、まるで全てを飲み込んでしまいそうな暗闇で。
私自身も飲み込まれてしまうんじゃないかと思った。いっそ、本当に全て飲み込まれてしまったら、楽なのに。
静かな海の上を、風が撫でるように流れていく。
今一瞬、波が大きな音を立てて静寂を壊した。
そしてまた、何事もなかったかのように、静かに暗闇に溶けていった。
『あの日の景色』
願い事を短冊に認める。
切実な願いを。
空の上で、織姫と彦星がその願い事を見ていた。
「切実ね……」
「こんな願いでいいのかな」
「でも、この願いを叶えるには、やっぱり本人の努力が必要ね」
頑張って。と、織姫は願い事の主に願った。
[みんなが♡を押してくれますように]
『願い事』
スイーツ(笑)
という、昔のスラングをつい思い出してしまった……。
簡単に泣けるような大恋愛の甘い物語は書けないけど、この包みこんでくれるような青く広い空に、恋にも似た憧れを抱く物語なら書けるかもしれない。
澄んだ青空を見上げ、想いを飛ばした。
『空恋』
海の近くに家を買った。
波の音がよく聞こえる。夜は、それが心地良く、深い眠りへと誘ってくれる。
今夜も波音がする。
窓の向こうには、漆黒に広がる深淵の海が見える。
オイデ
ベッドの上で耳を澄ませていると、ザー……ザザーッ……と寄せては返す波音に混じり、何か別の音が聴こえてきた。
オイデ
でも、それが何かはよくわからない。
コチラヘ
ただ、今日も深い眠りに就けそうだと感じた。
『波音に耳を澄ませて』
青一色。キャンバスには、ただそれだけが描かれていた。
――海? それとも空?
「風です」
そう答えたのは、美術部で俺が教えている生徒だった。
――風? この青が?
「そうなのか。斬新だなぁ」
一応、褒めたつもりだ。
生徒は複雑そうな表情で微笑んだ。
「風って冷たいじゃないですか。……まるで、全ての悲しみを運んでくるみたいに」
わかるような、わからないような。
でも――。
「おまえのその独特な感性、嫌いじゃないぞ」
「また、微妙な褒め方して」
今度は楽しそうに笑ってくれた。
卒業してから暫くして、その生徒と連絡が取れなくなったと、仲の良かった子が教えてくれた。
家の人ですら、あいつがどこへ行ったのかわからないようで、捜索願まで出されていた。
あいつに、この世界は一体どう見えていたんだろうか?
風が冷たく、悲しいものだと感じるおまえにとって、もしかしたらこの世界は、ずっと辛い場所だったのかもしれない。
でも、キャンバスに向かって一心不乱に描き続けるおまえの後ろ姿は、本当にかっこよかったんだって、もしまた会えた時には伝えたい。
今、目の前にある青一色のキャンバスを見て、そんなことを思う。
『青い風』