川柳えむ

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 青一色。キャンバスには、ただそれだけが描かれていた。
 ――海? それとも空?
「風です」
 そう答えたのは、美術部で俺が教えている生徒だった。
 ――風? この青が?
「そうなのか。斬新だなぁ」
 一応、褒めたつもりだ。
 生徒は複雑そうな表情で微笑んだ。
「風って冷たいじゃないですか。……まるで、全ての悲しみを運んでくるみたいに」
 わかるような、わからないような。
 でも――。
「おまえのその独特な感性、嫌いじゃないぞ」
「また、微妙な褒め方して」
 今度は楽しそうに笑ってくれた。

 卒業してから暫くして、その生徒と連絡が取れなくなったと、仲の良かった子が教えてくれた。
 家の人ですら、あいつがどこへ行ったのかわからないようで、捜索願まで出されていた。
 あいつに、この世界は一体どう見えていたんだろうか?
 風が冷たく、悲しいものだと感じるおまえにとって、もしかしたらこの世界は、ずっと辛い場所だったのかもしれない。
 でも、キャンバスに向かって一心不乱に描き続けるおまえの後ろ姿は、本当にかっこよかったんだって、もしまた会えた時には伝えたい。
 今、目の前にある青一色のキャンバスを見て、そんなことを思う。


『青い風』

7/5/2025, 7:32:25 AM