川柳えむ

Open App
5/13/2024, 10:37:37 PM

 失われた時間は戻らない。

 どうして――。
 私が何をしたというのか。
 下心はなかった。ただの親切心だった。
 親切で助けた相手にお礼をと言われ、どうして断れようか。
 しかしきっと、断るのが正しかったのだろう。
 そんなつもりで助けたのではないと。ただ、助けたかったから助けた。それだけなんだと。
 私は目先の欲に釣られたのだ。
 そしてその結果がこれだ。

 箱を開けると私は老人になっていた。何も分からぬまま。

 助けた相手に、お礼と称して連れていかれた先で、贅沢を尽くした。
 そして暫くして戻ってきてみれば、世の中は一変していた。時が随分と過ぎ去っていたのだ。
 おかけで、家族ももう誰もいない。
 絶望の中、去り際に開けないようにと渡された箱を開けると、私の若さまでも奪われてしまった。
 もう何も無い。全てを失ってしまった。
 失われた時間は戻らない。
 どうしてこうなってしまったのか。
 私はどうすれば良かったのだろうか。


『失われた時間』

5/12/2024, 10:32:55 PM

 大人になりたい。なんて思ったことはなかった。
 大人になりたい。そういう話を子供がするって聞くけど、そんなことはなかった。私は小さい頃から大人になんてなりたくなかった。
 仕事に追われ、何が楽しいのかもわからない。責任も持たなきゃいけない。そんな大人になりたくなかった。子供のままでいたかった。
 そう思っても、時間は無慈悲に過ぎていく。
 でも、大人になってわかった。大人は、大人じゃない。大きくなった子供だったよ。少なくとも自分は。
 もしかしたら、子供という言い方は正しくないのかもしれない。だって、様々な経験を積んで、考え方も少しずつ変わってしまった。けれど、私は私のままだった。
 きっと、子供とか大人とかじゃない。私は私のままだから。


『子供のままで』

5/12/2024, 6:29:34 AM

「こら!」
 また悪いことをしている。
 壁で爪研ぎをするし、テーブルの上にも乗ってしまう。
 何度も叱っているのに、どうして覚えてくれないのか。
 そのくせ、怒ると、
「にゃーん」
 足元に体を擦り付け、お腹を見せて寝転がる。
 注意していることは覚えてくれないのに、怒られたらかわいくお腹を見せて媚びるということは覚えている……。
 いい加減にしてほしい。本当に、もう……この……。
「にゃーん♡」
 ……うわー! もー! 好きだー!
「うちの猫かわいー!!」
 何をされてもつい許してしまう。これが良くないことはわかっている。でも。
 こうして、今日も下僕として生きる。


『愛を叫ぶ。』

5/10/2024, 10:27:18 PM

 綺麗なもの、美しいものが大嫌いだった。私はそんなものを持っていなかったから。

 親にだって醜いと言われ育った。
 悔しくて悔しくて悔しくて。
 ある日、庭を飛び回るモンシロチョウを見つけた。花に止まり、蜜を吸い始めた。
 自由に飛んで、美しい花に止まるモンシロチョウが憎かった。
 花ごと毟り取り、モンシロチョウを捕まえた。そして、その綺麗な羽も毟り取った。
 ――美しいものは全て破壊してやる。
 綺麗に整えられた庭を荒らした。
 親には怒られ呆れられ、冷たく何も無い部屋に閉じ込められた。

 必要最低限の生活をしていた。
 それなのに。
「君は綺麗だ」
 そんなことを言う男が現れた。
 そんなことないと伝えても、それを認めない。諦めず、私に伝えてくる。
 じゃあ、もし、私が綺麗なものだとしたら?
 ――私自身も壊さなくちゃ。
 あの日殺したモンシロチョウのように。


『モンシロチョウ』

5/9/2024, 10:35:26 PM

 秘宝を求めて旅に出ていろんな種族と出会う物語。
 勇者が悪い王様を倒す為に仲間達と度に出るゲーム。
 きっと、山にはドラゴンが眠っている。
 金の扉の向こうには妖精の国がある。
 箒には空を飛ぶ力がある。
 誕生日には魔法の力が目覚める。

 そんな夢を、子供の頃に描いていた。
 たくさんの物語を信じていた。
 しかし、大人になるに連れ見えてくる。現実はつまらないものだった。

 それでも、あの頃の気持ちは忘れられない。いつまでも、心に残っている。まだそんな幻想を僅かに抱いている。
 自分が見ている世界は狭くて、だからきっとまだ知らないものがある筈だと。
 だからこそ、今もファンタジーが大好きで読んでいるし、そんな物語を自分で書いたりもする。
 諦めきれずに今もまだ。
 少なくとも、物語を書いている間は、ここにこの世界が存在しているのだから。


『忘れられない、いつまでも。』

Next