失われた時間は戻らない。
どうして――。
私が何をしたというのか。
下心はなかった。ただの親切心だった。
親切で助けた相手にお礼をと言われ、どうして断れようか。
しかしきっと、断るのが正しかったのだろう。
そんなつもりで助けたのではないと。ただ、助けたかったから助けた。それだけなんだと。
私は目先の欲に釣られたのだ。
そしてその結果がこれだ。
箱を開けると私は老人になっていた。何も分からぬまま。
助けた相手に、お礼と称して連れていかれた先で、贅沢を尽くした。
そして暫くして戻ってきてみれば、世の中は一変していた。時が随分と過ぎ去っていたのだ。
おかけで、家族ももう誰もいない。
絶望の中、去り際に開けないようにと渡された箱を開けると、私の若さまでも奪われてしまった。
もう何も無い。全てを失ってしまった。
失われた時間は戻らない。
どうしてこうなってしまったのか。
私はどうすれば良かったのだろうか。
『失われた時間』
大人になりたい。なんて思ったことはなかった。
大人になりたい。そういう話を子供がするって聞くけど、そんなことはなかった。私は小さい頃から大人になんてなりたくなかった。
仕事に追われ、何が楽しいのかもわからない。責任も持たなきゃいけない。そんな大人になりたくなかった。子供のままでいたかった。
そう思っても、時間は無慈悲に過ぎていく。
でも、大人になってわかった。大人は、大人じゃない。大きくなった子供だったよ。少なくとも自分は。
もしかしたら、子供という言い方は正しくないのかもしれない。だって、様々な経験を積んで、考え方も少しずつ変わってしまった。けれど、私は私のままだった。
きっと、子供とか大人とかじゃない。私は私のままだから。
『子供のままで』
「こら!」
また悪いことをしている。
壁で爪研ぎをするし、テーブルの上にも乗ってしまう。
何度も叱っているのに、どうして覚えてくれないのか。
そのくせ、怒ると、
「にゃーん」
足元に体を擦り付け、お腹を見せて寝転がる。
注意していることは覚えてくれないのに、怒られたらかわいくお腹を見せて媚びるということは覚えている……。
いい加減にしてほしい。本当に、もう……この……。
「にゃーん♡」
……うわー! もー! 好きだー!
「うちの猫かわいー!!」
何をされてもつい許してしまう。これが良くないことはわかっている。でも。
こうして、今日も下僕として生きる。
『愛を叫ぶ。』
綺麗なもの、美しいものが大嫌いだった。私はそんなものを持っていなかったから。
親にだって醜いと言われ育った。
悔しくて悔しくて悔しくて。
ある日、庭を飛び回るモンシロチョウを見つけた。花に止まり、蜜を吸い始めた。
自由に飛んで、美しい花に止まるモンシロチョウが憎かった。
花ごと毟り取り、モンシロチョウを捕まえた。そして、その綺麗な羽も毟り取った。
――美しいものは全て破壊してやる。
綺麗に整えられた庭を荒らした。
親には怒られ呆れられ、冷たく何も無い部屋に閉じ込められた。
必要最低限の生活をしていた。
それなのに。
「君は綺麗だ」
そんなことを言う男が現れた。
そんなことないと伝えても、それを認めない。諦めず、私に伝えてくる。
じゃあ、もし、私が綺麗なものだとしたら?
――私自身も壊さなくちゃ。
あの日殺したモンシロチョウのように。
『モンシロチョウ』
秘宝を求めて旅に出ていろんな種族と出会う物語。
勇者が悪い王様を倒す為に仲間達と度に出るゲーム。
きっと、山にはドラゴンが眠っている。
金の扉の向こうには妖精の国がある。
箒には空を飛ぶ力がある。
誕生日には魔法の力が目覚める。
そんな夢を、子供の頃に描いていた。
たくさんの物語を信じていた。
しかし、大人になるに連れ見えてくる。現実はつまらないものだった。
それでも、あの頃の気持ちは忘れられない。いつまでも、心に残っている。まだそんな幻想を僅かに抱いている。
自分が見ている世界は狭くて、だからきっとまだ知らないものがある筈だと。
だからこそ、今もファンタジーが大好きで読んでいるし、そんな物語を自分で書いたりもする。
諦めきれずに今もまだ。
少なくとも、物語を書いている間は、ここにこの世界が存在しているのだから。
『忘れられない、いつまでも。』