「こら!」
また悪いことをしている。
壁で爪研ぎをするし、テーブルの上にも乗ってしまう。
何度も叱っているのに、どうして覚えてくれないのか。
そのくせ、怒ると、
「にゃーん」
足元に体を擦り付け、お腹を見せて寝転がる。
注意していることは覚えてくれないのに、怒られたらかわいくお腹を見せて媚びるということは覚えている……。
いい加減にしてほしい。本当に、もう……この……。
「にゃーん♡」
……うわー! もー! 好きだー!
「うちの猫かわいー!!」
何をされてもつい許してしまう。これが良くないことはわかっている。でも。
こうして、今日も下僕として生きる。
『愛を叫ぶ。』
綺麗なもの、美しいものが大嫌いだった。私はそんなものを持っていなかったから。
親にだって醜いと言われ育った。
悔しくて悔しくて悔しくて。
ある日、庭を飛び回るモンシロチョウを見つけた。花に止まり、蜜を吸い始めた。
自由に飛んで、美しい花に止まるモンシロチョウが憎かった。
花ごと毟り取り、モンシロチョウを捕まえた。そして、その綺麗な羽も毟り取った。
――美しいものは全て破壊してやる。
綺麗に整えられた庭を荒らした。
親には怒られ呆れられ、冷たく何も無い部屋に閉じ込められた。
必要最低限の生活をしていた。
それなのに。
「君は綺麗だ」
そんなことを言う男が現れた。
そんなことないと伝えても、それを認めない。諦めず、私に伝えてくる。
じゃあ、もし、私が綺麗なものだとしたら?
――私自身も壊さなくちゃ。
あの日殺したモンシロチョウのように。
『モンシロチョウ』
秘宝を求めて旅に出ていろんな種族と出会う物語。
勇者が悪い王様を倒す為に仲間達と度に出るゲーム。
きっと、山にはドラゴンが眠っている。
金の扉の向こうには妖精の国がある。
箒には空を飛ぶ力がある。
誕生日には魔法の力が目覚める。
そんな夢を、子供の頃に描いていた。
たくさんの物語を信じていた。
しかし、大人になるに連れ見えてくる。現実はつまらないものだった。
それでも、あの頃の気持ちは忘れられない。いつまでも、心に残っている。まだそんな幻想を僅かに抱いている。
自分が見ている世界は狭くて、だからきっとまだ知らないものがある筈だと。
だからこそ、今もファンタジーが大好きで読んでいるし、そんな物語を自分で書いたりもする。
諦めきれずに今もまだ。
少なくとも、物語を書いている間は、ここにこの世界が存在しているのだから。
『忘れられない、いつまでも。』
「一年後、またここで会いましょう」
その言葉を楽しみに、一年間過ごしてきた。
そして今日がその日。
ちょっとお洒落をしてその場所へ向かう。
「まさか本当に来るとは思わなかった」
開口一番、君はそう言った。
そう言う君こそ、しっかりここにいるじゃないか。
「じゃあ行きましょうか」
二人で去年も行ったお店へと向かう。
元はナンパされていた彼女を偶然通りかかった俺が助けただけだった。
そこから話しているうちに意気投合し、そのままお店へ行ってしこたま飲んだ。そして帰り道、連絡先を聞いたところ、べろべろに酔っていた彼女は「秘密〜」と教えてくれなかった。が、なぜか一年後またこの出会った場所で会う約束を取り付けることに成功した。
正直、酔っていたし覚えてなんかいないと思っていたが、俺はあの日がとても楽しかったし、約束も信じたかった。
結果、信じて良かった。こうして今に至ったのだ。
楽しい一日を過ごし、帰り道。
今日こそはと連絡先を尋ねる。
しかし、返事は去年と一緒だった。
「一年後、またここで会いましょう」
こうして今年も撃沈した。
でも諦めない。また来年も会う約束を取り付けた。
これからも毎年、ずっと、縁を続けたい。
来年こそはもう一歩踏み出したい。
とにかく、一年後が楽しみだ。この気持ちを抱えて、一年間を過ごしていく。
『一年後』
10月30日が『初恋の日』だと知っている人は多くないのではないだろうか。
なぜその日が初恋の日となったのかというと、島崎藤村が初恋の詩を発表した日だからだそうな。
10月30日なんて、世間的には精々ハロウィンの前日という認識くらいだ。初恋の日だなんて思わない。
じゃあ自分にとっての初恋の日とはいつだろうか?
考えてみても思い浮かばない。
初恋なんて、気付けば成っていたものだから。いつ蕾が出来て、いつの間に咲いたのかも、全然わからなかったよ。
ただ、君と離れる時に初めて気付いたんだ。
だから、あえて初恋の日を作るのであれば、あの日なのかもしれないな。
遠い昔の甘酸っぱい記憶だ。
『初恋の日』