綺麗なもの、美しいものが大嫌いだった。私はそんなものを持っていなかったから。
親にだって醜いと言われ育った。
悔しくて悔しくて悔しくて。
ある日、庭を飛び回るモンシロチョウを見つけた。花に止まり、蜜を吸い始めた。
自由に飛んで、美しい花に止まるモンシロチョウが憎かった。
花ごと毟り取り、モンシロチョウを捕まえた。そして、その綺麗な羽も毟り取った。
――美しいものは全て破壊してやる。
綺麗に整えられた庭を荒らした。
親には怒られ呆れられ、冷たく何も無い部屋に閉じ込められた。
必要最低限の生活をしていた。
それなのに。
「君は綺麗だ」
そんなことを言う男が現れた。
そんなことないと伝えても、それを認めない。諦めず、私に伝えてくる。
じゃあ、もし、私が綺麗なものだとしたら?
――私自身も壊さなくちゃ。
あの日殺したモンシロチョウのように。
『モンシロチョウ』
秘宝を求めて旅に出ていろんな種族と出会う物語。
勇者が悪い王様を倒す為に仲間達と度に出るゲーム。
きっと、山にはドラゴンが眠っている。
金の扉の向こうには妖精の国がある。
箒には空を飛ぶ力がある。
誕生日には魔法の力が目覚める。
そんな夢を、子供の頃に描いていた。
たくさんの物語を信じていた。
しかし、大人になるに連れ見えてくる。現実はつまらないものだった。
それでも、あの頃の気持ちは忘れられない。いつまでも、心に残っている。まだそんな幻想を僅かに抱いている。
自分が見ている世界は狭くて、だからきっとまだ知らないものがある筈だと。
だからこそ、今もファンタジーが大好きで読んでいるし、そんな物語を自分で書いたりもする。
諦めきれずに今もまだ。
少なくとも、物語を書いている間は、ここにこの世界が存在しているのだから。
『忘れられない、いつまでも。』
「一年後、またここで会いましょう」
その言葉を楽しみに、一年間過ごしてきた。
そして今日がその日。
ちょっとお洒落をしてその場所へ向かう。
「まさか本当に来るとは思わなかった」
開口一番、君はそう言った。
そう言う君こそ、しっかりここにいるじゃないか。
「じゃあ行きましょうか」
二人で去年も行ったお店へと向かう。
元はナンパされていた彼女を偶然通りかかった俺が助けただけだった。
そこから話しているうちに意気投合し、そのままお店へ行ってしこたま飲んだ。そして帰り道、連絡先を聞いたところ、べろべろに酔っていた彼女は「秘密〜」と教えてくれなかった。が、なぜか一年後またこの出会った場所で会う約束を取り付けることに成功した。
正直、酔っていたし覚えてなんかいないと思っていたが、俺はあの日がとても楽しかったし、約束も信じたかった。
結果、信じて良かった。こうして今に至ったのだ。
楽しい一日を過ごし、帰り道。
今日こそはと連絡先を尋ねる。
しかし、返事は去年と一緒だった。
「一年後、またここで会いましょう」
こうして今年も撃沈した。
でも諦めない。また来年も会う約束を取り付けた。
これからも毎年、ずっと、縁を続けたい。
来年こそはもう一歩踏み出したい。
とにかく、一年後が楽しみだ。この気持ちを抱えて、一年間を過ごしていく。
『一年後』
10月30日が『初恋の日』だと知っている人は多くないのではないだろうか。
なぜその日が初恋の日となったのかというと、島崎藤村が初恋の詩を発表した日だからだそうな。
10月30日なんて、世間的には精々ハロウィンの前日という認識くらいだ。初恋の日だなんて思わない。
じゃあ自分にとっての初恋の日とはいつだろうか?
考えてみても思い浮かばない。
初恋なんて、気付けば成っていたものだから。いつ蕾が出来て、いつの間に咲いたのかも、全然わからなかったよ。
ただ、君と離れる時に初めて気付いたんだ。
だから、あえて初恋の日を作るのであれば、あの日なのかもしれないな。
遠い昔の甘酸っぱい記憶だ。
『初恋の日』
もしも明日世界が終わるなら、最期に君に逢いに行くよ。
そんな詩的なことを考えていたら、どうやら本当に世界がまずいことになっているらしいとニュースが入ってきた。
地球を侵略しに、宇宙人が攻めてきたのだ。
これは夢か幻か?
明日世界が終わるなら、なんて悠長なことを言っている場合ではなくなった。
一先ず災害時の避難所である近所の小学校へ向かう為、慌てて外に飛び出る。
空からは宇宙船が放つ光線が降り注いでいる。
道路は逃げようとする車で渋滞。右往左往する人々。あちこちから叫び声が上がっている。
その脇をダッシュですり抜ける。
「おい! 邪魔だ!」
のろのろ歩いている老人を突き飛ばす。親切にとか、そんな余裕はない。
逃げなきゃ。隠れなきゃ。死んでしまう。
老耄や泣き叫ぶだけのガキ、慌てふためくだけの馬鹿。道を塞ぐ邪魔な奴らなんて、生き残ったってしょうがないだろ。
そうしてなんとか小学校へ逃げ込む。職員へ詰め寄る馬鹿どもが騒いでいる。
体育館へ案内されたが、それよりも地下だ。地上じゃそのうちあの光線でやられてしまうだろう。
俺は静止を振りきって地下の特別教室へとやって来た。
これなら多少安心か。
しかし、同じようなことを考えた人達で溢れ返っていた。まるで満員電車のように、ぎゅうぎゅうと人がひしめき合っている。
「どけよ!」
人の間に入り、邪魔な奴を蹴飛ばす。すると、睨み付けられ、突き飛ばされました。
混乱した奴ら騒いでいる。
こんな馬鹿どもよりも、絶対に学歴も良い将来有望な俺の方が生き残る価値があるというのに。
「っざけんなよ!」
近くにいた馬鹿そうな女を殴ると、隣りにいたその彼氏らしき男に殴られた。
クソが。こんな所にいられるか。
小学校を出て、別の場所へ向かう。
他にどこがある?
そう考えてピンと来た。近くのスーパーだ。たしか地下倉庫があると聞いたことがある。
スーパーなら食料品や日用品が山程ある。生き残るのにここほど適した場所もないだろう。
やはり俺は天才だ。
再度ダッシュでスーパーへ向かう。
「どけ!」
また道を塞いでいるカスを突き飛ばした。
そこへ、一台のバイクが入ってきた。
突き飛ばされた奴を避けようと慌てたバイクが咄嗟にハンドルを切り、それはそのままこちらへと突っ込んできて、俺を撥ねた。
何でだよ。何で俺がこんなところで死ななきゃいけないんだ。俺よりも死ぬべき奴がたくさんいるだろ?
クソがクソがクソクソクソクソクソクソクソクソ!
もしも明日世界が終わるなら、最期に君に逢いに行くとか思ったが、そんな余裕はなかったな。当たり前だろ。
明日世界が終わるとしても、俺は生き残るべき人間なのに。
俺の世界はこんなにも呆気なく終わってしまったのだった。
『明日世界が終わるなら』