この世に楽園? あるわけない。
楽園なんてどこにも存在しない。
世界には苦しみしかない。
嘘だ。
あったわ。楽園はここにあった。
猫カフェでたくさんの猫に埋もれながら、とても締まりの無い表情で、この世の真理に気付いてしまった。
楽園は、ある。
『楽園』
風が吹いている。
あまりの心地良さに思わず風に歌声を乗せた。この広い草原で、思い切り歌う。世界がまるで自分のものになったような気分だった。
「ママー。なんで風が吹けば桶屋が儲かるの?」
「それはね。風に乗ったパパみたいな歌声がみんなの耳を駄目にして、みんな三味線を弾くことも聴くこともなくなって、三味線に使われる猫は余ってしまって、そのたくさんの猫が桶で丸まって眠るから、桶屋が儲かるのよ」
「そうなんだ!」
「ママ、嘘教えないで」
『風に乗って』
君がこちらを振り返っただけだった。
刹那、恋に落ちた。
振り返ったその瞳が美しかった。光を纏っているような煌めきを持っていた。それを見た瞬間、恋ってこんなに簡単に落ちるものなんだと知った。
時間なんて要らない。
それは、極めて瞬間的に起きた出来事だった。
『刹那』
君が思うほど、周りは君を見ていないからね。
たとえば、君がどこかへ突然消えてしまったとしても、多分他の人は気付かないよ。
もし、それを「寂しい」と思うならば、それがきっと本心さ。
まだそこに居ればいい。大丈夫。それすら誰も気にしない。そのままで構わない。
それでもし、それすらなんとも思わなくなったのなら、とりあえずその場から離れてみようか。
世界は広いって知ってるかい? 見えているものが全てじゃないんだ。ひとまず、行ったことのない場所に行ってみよう。
どうせ気付かれないんだから、好きなようにやってやればいいのさ。
大体、君は自意識過剰だ。
本当に何もかもがどうでもいいのならば、それこそ周りの意見なんて聞かずに、どこかへ行けばいい。
いつか、君が誰からも何も聞く気がなくなって、思うこともやることもなくなってしまったのなら、その時こそは、その先を考えてもいいのかもしれないね。
でも、その時はそれすらどうでもよくなってしまっているよ、きっと。
せめてそれまでは、せいぜい自由に生きなさい。
生きる意味なんて考えているうちは、まだ生きたいってことなんだから。
『生きる意味』
僕は馬鹿。対して、君は天才。
君はそれはもう難しそうな参考書や医学書をたくさん読んで、それはもう難しそうな大学に入り、それはもう難しそうな仕事に就いた。
僕の母が当時では不治の病と言われる病気にかかった時も、君が研究を重ねていたその病に効く薬が丁度一般的に使用できるようになり、その命を助けてくれた。
本当に君は天才で、母の命の恩人だ。
僕は馬鹿なので、そんなすごいことはできなかったし、できたことといえば、入院をしている母の下へと足繁く通うくらいだった。
病室でも母はいつも君を褒めていた。君を信じていた。
君が薬を作ってくれることを信じていたから病を恐れていなかったし、実際にその薬を完成させて治してくれたので、一層君を褒め、それこそまるで神様のように崇めていた。
君は天才。
君は完璧。
君は素晴らしい。
対して、僕は馬鹿。
僕は馬鹿だから、善悪の判断もつかなかった。と言えば、許されるだろうか?
そんなことを、ナイフを握り締めながら考えていた。
『善悪』