「見られたって?」
その言葉に同僚は静かに頷いた。
「馬鹿だな、あれだけ気を付けるよう言われてるのに。おかげでこっちの部署は大慌てだ」
ばたばたと走り回る仲間達。
別部署の同僚の尻拭いをこちらの部署がする羽目になってしまい、本当は自分も急いで働かなくてはいけないが、落ち込んでいそうなこの同僚をほっとくことも出来ず、とりあえず話を聞きに来た。
「まぁでもわかる。ようやく自分の出番がやってきて、楽しくなって、ちょっと気が抜けちまったんだよな。今年はあっちの部署がやけに長い期間働いてたから」
その部署の方を向いてみれば、この尻拭いを手伝ったりしていた。ありがたいが、お前達の出番じゃないのに。
「そもそもあいつらが長く出張ったりしなければこんなことにはなってなかったかもしれないのに……」
思わずぶつぶつと不満が漏れる。
それに、同僚がふるふると首を横に振った。そんな心優しい同僚を困らせるのが許せなかった。
「いや、たしかにお前も不注意だったが、俺はそもそも納得いってない。本来この時期にはお前のところの仕事もちゃんと終わって、俺達の仕事が始まってたはずだ。あっちの部署のせいで、人間達も不満に感じていることだろう」
そんなことを考えていたら一言文句を言わないと済まなくなってしまい、立ち上がる。
「やっぱり一言言ってやる」
そう言うと、同僚は俺を必死に止めようとした。
まぁそうだよな、おまえは優しいから止めるよな。
不意に、同僚が笑う。
何がおかいしのかと尋ねると「君は熱い人だね」と嬉しそうに微笑んだ。
「まるで夏みたい」
それ、あっちの部署じゃん。最悪の褒め言葉だな。
――はぁ、そろそろ俺も働くか。
「あとは俺達に任せとけ。秋はもう今年は終わり。ゆっくり休んでろ」
そう言い残し、仕事に戻る。ここからは俺達の出番。
さぁ、冬を始めよう。
『冬のはじまり』
会場に湧き上がる熱気。声を張り上げ、腕を振り上げるこちらの熱も入る。
舞台上の彼等の音楽に合わせ、歌い、踊る。
ライブは楽しい。なぜこんなにも楽しいのだろう。
大好きな人達の大好きな音楽、生の歌声。楽しい。楽しい。
曲が一つ始まっては終わっていく。ラストの曲が終わり、アンコールが始まり――あぁ、もうすぐこの時間が終わってしまう。
終わらないで。
いつも終わりに近付くとそう思ってしまう。どうか終わらないで。この時間を終わらせないで。そう願っても、時間は無情に過ぎ去ってしまうけど。
最高の一時を過ごして、心が熱くなって、また日々を生きていく元気を貰って。ライブ後に時間があれば仲良くなった友人達と飲みに行って感想を言い合う。そんな素晴らしい一日が終わる。
そしてまたその時間を求めて、私は今日も生きていく。
『終わらせないで』
愛情か? とか訊かれても困る。
一言で言えば、腐れ縁のようなものだ。正直、面倒臭い。
注意しても聞かないし、こっちをおちょくってくるし、仕事の腕はいいようだがまともなところなんて見たことがない。
それでいて、他の人には優しく接しているが、俺の前ではあの態度だ。
でも、俺のことを遠回しに心配してくれているのは知っている……してるよな? 俺にだけああいう態度を取るのも、まぁ、俺には甘えているんだと思えば悪くない……そうか?(自問自答)
だから、体調を崩して、俺の前なのに少ししおらしくしているお前は調子が狂う。早く元気になっていつもみたいに軽口を叩いてくれ。
少し調子が戻ったお前に「気安く頭を触るな」とさっき怒られたばかりだというのに、ベッドで眠るお前の頭を撫でる。
愛情か? とか訊かれても困る。
この複雑な想いをまだその一言にまとめたくない。
『愛情』
熱を感じる。そんなわけがない。
「どうした? 顔赤くないか?」
顔を覗き込んで訊いてくる。
そんなわけがない。熱はないし、顔も赤くない。
そう返そうとした瞬間、世界が回った。
「微熱だな」
医者の不養生とはこのこと。
町医者をやっている私が倒れてしまうなんて。しかも、よりにもよって気付けば腐れ縁になっている奴に助けてもらうなんて。
「そんなわけありません」
起き上がろうとするが、無理矢理布団に寝かされる。
「いいから寝てろ。普段は俺にいろいろ言うくせに、自分に対してはどうしてそう適当なんだ」
「医者ですから、いろいろ言いますよ」
「医者ならそれこそ寝て早く治せ」
そう言って、いつもと違った様子で優しく覗き込んでくるから、調子が狂う。
なんとも言えない、よくわからない複雑な気持ちになる。だからと言って、どう文句を言えばいいのかもわからず、私は布団を深く被った。
彼は安心したような表情を浮かべると、立ち上がった。
気付けば、私は手を伸ばし、彼の服の裾を掴んでいた。
驚いた顔をして彼が振り返る。私自身も驚いている。
「どうした? 何か食べ物でも持ってこようかと思ったんだが」
「それなら早く取ってきてください」
ぱっと裾から手を離す。
彼が笑った。
「食欲ありそうで良かった。すぐ戻ってくるから」
そう言って、頭をぽんぽんと撫でてくる。その手を払う。
「レディーの頭に気安く触らないでください」
「いつもの調子が戻ってきたようだな」
優しく笑うと今度こそ部屋を出て行った。
私はさっきよりも深く頭から布団を被った。
熱を感じる。そんなわけがない。
もし微熱だと言うなら、これ以上は上がらないようにしないと。
そんなことを考えながら、ふわふわとした感覚のまま眠りについた。
『微熱』
お前達は太陽の下でその光を浴びて恩恵を受けている。
もう随分と昔の話だ。お前達は知らないだろうが、太陽の中ではたくさんの人々が豊かに生活していたんだ。
熱くないのかって? 表面の話だろう、それは。明る過ぎないかって? そうでもない。どんな様子だったのか、実際に見せてやりたいものだ。
あの向こう側に、太陽の光や熱、そういったものの恩恵を直接受けて、我々は豊かに暮らしていた。幸せな星だった。
それなのに。
今や太陽の中で暮らすことはなくなってしまった。そう、お前達地球人のせいだ。
地球人よ、覚えていないのか? あの出来事を。あれから太陽人がどうなってしまったのかを。昔のことだからと、我々が忘れていると思うのか?
こんな太陽の下でなく、また太陽の中で暮らしたい。太陽の下で何も知らずぬくぬくと恩恵を受けているお前達が憎い。こんな今を作り出したお前達を恨んでいる。我々はお前達を許さない。
『太陽の下で』