セーターを着た。……暑い。
わかっている。天気予報を見なかった俺が悪い。
でもまさか、この季節に20℃を超えるなんて誰が思うだろうか?
たしかに朝起きた時、いつもよりなんかあったかいな、とは思った。しかし、いくらなんでも上がり過ぎでは? 一応もうすぐ12月なんだが。
失敗したなぁ。明日は気を付けよう。
……で、なんで今日は寒いの?
まるで夏と冬を反復横跳びしているようだ。
今日こそセーターを着れば良かった。そう頭を抱えても寒さは変わらない。仕方ないからコート買うかぁ。しかし、いきなり変わり過ぎでは?
失敗したなぁ。明日は、明日こそは気を付けよう。
『セーター』
落ちた。
深い深い穴へ、転げて落ちていった。
僕は何の為に生まれてきたのだろうか。僕は、僕の生きる意味を見つけたかった。少なくとも、きっとこの今の状況に陥る為ではなかった。そんな、考えてもどうしようもないことを考えてしまう。
そうやって、永遠とも思えるような長い闇の中を落ちていく。
どうしようもないことはわかっている。でも、本当はこんなところで諦めたくない……。
深くて暗い底まで落ちた。
……そう、これ以上下なんてなかった。
視界が開けた。
そこには、思っていたよりも綺麗な世界が広がっていた。
穴の中では綺麗な歌声が響いている。
ふと見上げると、僕が落ちてきた穴から、僕を落とした張本人が落ちてきた。
そいつも、この状況を見て驚いていた。
「ねずみ!?」
そこはねずみの世界だった。
「おじいさん、おむすびをありがとう」
ねずみはおむすびである僕を捕まえた。そして、僕はちゃんとねずみに食べてもらえた。安心した。
僕を落とした張本人のおじいさんは、僕をねずみに与えたお礼に、なんか小槌を貰っていた。
それ、1番体を張った僕が貰うべきでは? まぁもう食べられしまっているし、僕自身の役目は全うできたからいいんだけど。
僕はわかった。
諦めたらそこで試合(?)終了だ。どんなに闇に落ちようと、その先には素敵な未来が待ち受けていることもあるんだと。
僕は役目を果たせて。ねずみは僕を美味しいって言って食べて。なんかおじいさんも幸せになったみたいだし。
めでたしめでたし。
『落ちていく』
たぶん僕らは、ずっと昔から、こうやって二人一緒だったんだと思うよ。
僕らが産まれる前、きっと前世とか、もしかしたらそれよりもっと昔から。そんな気がするんだ。
前はどんな関係だったのかな? 親子とか、双子とか?
でも、この人生、他人として産まれて良かったって心から思ってる。
だからこそ、今、こうやって一緒にいられる。
これからもよろしくね。僕の一番大切な人。
『夫婦』
上手くやってきたはずなのに、どうしてこうなったの?
間に挟まれる私。
でも私は悪くない。誰かに優しくすることの何が悪いの? 嘘なんか吐いたことない。勝手にあなた達が勘違いしただけじゃない。
大体、仮に二人と付き合ってたとして、何か悪い? 二股がいけないなんて、人間が勝手に決めた倫理観じゃない。
でも、さすがに刃物が出てきちゃ、焦るしかない。
どうすればいいの?
「もうどうでもいい」
そう言ったあなたは、手に持ったそれを振り下ろした。
『どうすればいいの?』
ようやく辿り着いた。トレジャーハンターの彼等三人組がずっと探し求めていた地へ。長い旅路を経て、今、夢のような光景が目の前に広がっている。
「すげぇ……」
思わず息を呑んだ。
洞窟の最深部、まさしく宝の山がそこにあった。
長い年月を感じさせる錆び付いた大量の金貨やくすんだ宝石、装飾品が、天井から漏れる日の光に照らされきらきらと輝いている。
一人の男が駆け出して宝の山にダイブした。
とうとう見つけた。手に入れたんだ。夢にまで見たお宝を。
それを、仲間の女は驚いた様子で、もう一人の仲間の男は「こいつは全く仕方ないな」と言った表情で見ていた。
「でもさ」
宝の山に埋もれたまま、男が呟く。
「本当の宝物は、ここまで一緒に冒険に付き合ってくれたお前らだって、俺は思ってるよ」
その言葉を聞いた仲間も、言った本人も、照れくさそうに笑った。
宝の感触をしばらく堪能してから起き上がり、よくよく辺りを見渡してみると、宝の山の向こう側に台座のような物があった。その上には、宝箱が置かれている。
まるで引き寄せられるのように台座のへと向かい、正面に立つと宝箱をよく見た。細かい装飾が施された美しい宝箱だ。
ふと視線を落とした。
その瞬間だった。
背中から胸を貫き、衝撃が走る。真っ赤な血が吹き出ている。
振り返ると、仲間達が彼を見ていた。真っ赤に染まった仲間愛用のダガーを手にして。
何故かと問う間もなく、彼は倒れた。
「俺達が宝だって言うならさ、ここの宝は俺らに譲ってくれよ」
「鬱陶しかったのよ。トレジャーハンターのくせに、あなたのその博愛精神や正義感が」
何かを言おうとしても、口からごぼごぼと血が溢れ、言葉にならない。
仲間の男が宝箱に手を伸ばした。
……やめろ……――危ない、それは罠だ!
次の瞬間、大きな音を立て、地面が割れた。驚いて足下を見る。視線の先には、人を今にも飲み込もうと待ち構える、巨大なワニがうじゃうじゃといた。
「うわああぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
「キャ――――――――ッッ!」
三人仲良く床下へ落ちていく。
男は体から血を流しながらも最期の力を振り絞り、二人を抱き抱えると急いで鉤縄を宙に向かって投げた。
「…………後……は、頼っ……」
そう言い残し、仲間が縄を掴んだことを確認すると、安心した表情で落ちていった。
そしてようやく、仲間達は本当の宝物がどんなものなのか気付いたのだった。
『宝物』