お題『最初から決まってた』
日々成長していくごとに、前の主様の面影に似ていく今の主様が怖い。
前の主様に勝手に恋慕の情を募らせていた俺は、今の主様にも同じような想いを抱くのではないかと恐れている。それは前の主様にも、今の主様にも、失礼にあたると思う。
それに、また恋をするのが怖い。一方的に恋をして、俺を残してまた先に逝かれるのも怖くてたまらない。
俺は、とても身勝手で、感情的な人間だ。328年以上生きてきて、何も学んではいないらしい。
「ねぇ、フェネス」
13歳になられた主様は無邪気な笑顔を俺に向けてくる。
「ハウレスが書庫で使う脚立を新しく作り直してくれるって約束してくれたの」
ハウレス、と聞いて腹の奥からドス黒い感情が湧き起こってきた。前の主様ともハウレスはお似合いだったじゃないか。きっと今の主様とも、ハウレスなら——
「フェネス……フェネス、どうしたの?」
主様のお声で我に返った。
「お腹痛いの? 大丈夫?」
おろおろと俺を気遣ってくださる主様は何と優しくお育ちになられたのだろうか。
「いえ、俺でしたら大丈夫です。ありがとうございます、俺なんかにも優しくしてくださって」
すると、主様はちょいちょいと手招きをする。俺にしゃがめとおっしゃっているのだ。言われるがままに片膝をついて視線の高さを合わせれば、手で覆った口元を耳に近づてけてきた。何の内緒話だろう。
耳を傾ければ、頬に柔らかい感触。
「俺『なんか』じゃないでしょ? それに、こーゆーことするのはあなたにだけだから」
なーんてね! とカラカラ笑う主様に、俺は顔を赤らめるしかなかった。
もし今の主様へのこの気持ちが恋であるならば、それは最初から決まっていたことなのかもしれない。置いて逝かれるなら見送るだけだし、ハウレスや他の執事たちにも渡すつもりもない。
なぁんて、執事兼親代わりとして抱く感情としては、やはりまずいよなぁ……うーん。
「お腹じゃなくて頭が痛かったの? 大丈夫?」
頭を抱えている俺を気遣ってくださる主様は、やはり優しい。
お題『太陽』
※保留
お題『鐘の音』
※リアルイベント直前につき保留
お題『つまらないことでも』
主様は多趣味な方だ。ミヤジさんやラトに習ってピアノ・バイオリン・チェロも一通り演奏できるようになり、今でもレッスンは欠かさない。
趣味の菜園作業はうだるような日中の暑さを避けて、早朝に様子を見に行くことが多い。畑仕事を終えると俺が用意した水風呂をひとしきり堪能すると、毎日のようにミヤジさんたちと室内楽のレッスンをしている。
……と言っても、貴族の前で歌や踊り、楽器演奏をする俺たち執事とは違い、主様はステージに立つことはないのだけれど。それでも熱心に練習するのは何故なのか。いつだったか、それをお聞きしたことがある。
「最初は演奏なんて興味はなかったの。でも、どんなにつまらないことでもひと通りやってみた方がいいって、その頃読んだ絵本に書いてあったのね。だから私もとりあえずミヤジに教えてって頼んだの。
その時、ミヤジがバイオリンで自己紹介をしてくれて。後で、これも本で知ったんだけど、何でもバイオリンの音は人間の声が出る仕組みと同じなんだって。それから私も『こんにちは、私は✳︎✳︎✳︎です』ってやってみたくなったの。気がついたら意地になっていろんな曲を練習するようになったけどね」
主様の音楽熱にそんな裏話があったとは思いもよらなかった。
主様が初めて楽器を触ったのは4歳だった。あれから8年が経とうとしている。
屋敷には今日も演奏が響いていて、そっと聴いているのは多分俺だけではないだろう。
お題『目が覚めるまでに』
夏の主様の朝は、早い。
育てている植物の観察のためだ。この夏は主様専用の畑に枝豆を植えていて、事細かに成長記録をつけていらっしゃる。
主様が目を覚まされる前に、俺は一杯の紅茶とお茶菓子の支度をする。今朝はニルギリのアイスティーと、昨日主様と街で買ってきたフィナンシェにしよう。
ふふ、楽しみだなぁ。
最近主様は気難しいお年頃になってきて、執事たちとあまり交流を取りたがらなくなった。けれど寝起きはとても素直に甘えてくださる。それは俺だけが知っている主様の貴重な一面だ。
さぁ、そろそろ起こしに行こうか。