夜空には無数の悲しい神話が閉じ込められている。
太陽が昇ると、隠れるようにひっそり消えていってしまうのも物悲しい。
星は願いを叶えるというのに、星になったものたちの涙や想いや苦しみは、いったい何処にいってしまったんだろう。
それがわからないのが切なくて、
幼い頃、夜空で燃えつき星になった、ヨダカの光を探した。
マッチ売りの少女は星になったのだと思っていたから、彼女の面影も探した。
星がながれれば、今、この世界のどこかで
誰かが死んだのだと思った。
ヨダカの星も、マッチ売りの少女も、広い夜空のどこで瞬いているのか結局わからなかったけれど、
美しいものが何かを忘れかけるような日々の終りに
ふっと顔をあげた先の星空をみて
私はいつも、懐かしい歌を思い出す。
「夜空を旅する星たちを 小さな指で数えてごらん
あなたが生まれた日に 星がまたひとつふえた」
力尽きて雪に埋もるツバメ。
水底に沈んだ人魚の涙。
炎に包まれ、鉛になった人形。
彼らをそうさせた愛の行方。
神様だけが知っている。
幼い頃に日光アレルギーと診断されてから、
いつも隠れるように生きている。
とはいっても、もともと暑いの嫌いだし、泳げないから夏のプールも嫌だし、日影はだいたい涼しいので、特別に劣等感を持ったことはない。
プール。体育祭。焦がすような日差しをいっぱいに受け止めてはしゃぐ皆を、僕はいつも目深の帽子をかぶって眺めている。
すると、彼女はいそいそと僕の隣にやってくる。
私は身体が弱くてドクターストップかけられてんだ、となぜか得意げそうにいう彼女を変な奴だと思ったけど、
いつだったか、ドクターストップって単語をただ言いたいだけなんだってわかってから、その底抜けの明るさが妙に眩しくみえてきた。
たとえば、教室に気まずい空気が流れていても、
彼女はどこかけろりとしていて、何だか拍子抜けしてしまうほどだけれど、君はいつもそうやって、
どんよりした空に光を差し込んでいたんだと。
「君って太陽みたいなんだな。」
ある日のプール見学中、屋根の下でも眩しそうに目を細めて笑っている彼女をみて、僕はふと、そう口にしてしまった。全身の血が湯だつ思いだった。
皆のはしゃぐ声も水しぶきも、肌を焼く強い日差しも、あの瞬間は何も感じなかった。
君はちょっと意外そうに目をぱっちりさせる。
それから屈託ない笑みを浮かべて
「君にとっては不都合じゃない?」
いや、そういうことじゃない。
日光アレルギーだってこと、あの瞬間だけは忘れていたんだ。と、
恥ずかしくて、僕は結局いえなかった。
はやまる心臓の鼓動が、この胸を知らない感情でいっぱいにする。太陽の光を全身に浴びるのって、きっとこんな感覚だ。
君の眩しい視線から逃れるように、そっとうつむいた。
人生という無色の糸の束には──
からはじまる、シャーロック・ホームズの有名な
台詞がかっこよくて好き。
殺人という緋色の糸が1本混じっているから、それを抜き出して明るみに出す、ということだけれど
人の出会いや結びつきも、それくらい繊細で難しい作業になるんだろう。
人と人とを結んでいるという赤い糸が目に見えたら
まるで血管が張り巡らされているみたいな、
巨大生物の体内のような、なかなか壮大な景色がのぞめそう。
そうやっていろんな赤い糸が絡み合って、ひとつの生き物のように蠢くのなら、人の繋がりが世界を動かすんだとも思えてくる。
入道雲が、大昔に退治された巨人の成れの果てとかだったらおもしろいのに。人間に火葬された煙がそのまま雲になって、地上に稲妻を走らせたり、大雨を降らせたりしてなお人間を困らせる。
それか、神様が雲をぐるぐると掻き回して日本をつくったときに余った切れ端とか。積乱雲ともいうし。積み重なってる乱れた雲。
夏の青空をみっちり埋めて、ザーザーゴロゴロ荒れるとにかく巨大なそれを見ながら、あーさすが、
国になり損ねた雲だねって思えたらおもしろい。
夏の間だけ。