『これまでずっと、自分の素を出せなかった』
アタシは美しく気高いシャム猫
人間に飼われているけれど、プライドの高いアタシはそこら辺の猫みたいに甘えたりなんてしない。
御主人様から一歩下がって傍にいるのよ。
でも……本当のアタシは甘えたがりの構ってちゃん。
沢山甘やかして欲しいし、甘えたい。
けれど、プライドが邪魔をして素直になれないの。
素を出せない自分のもどかしさにジレンマを感じる毎日。
一緒に飼われている柴犬のアイツは今も好き放題甘えるものだから、羨ましくて悔しくてアタシはアイツを睨みつける。
素のアタシを出せる日はいつになるのかしら……ねぇ、御主人様。
『1件のLINE』
【大事件だ!】
LINEのポップアップがその言葉を俺に知らせに来る。
またか……俺は頭を抱えた。
たまに来るアイツの【大事件だ】のLINE。
最初は何事だろうと慌てて返信していたがその内容が……
【ガチャで推しが来ねぇ!!】
【俺の推しアイドルが結婚しちまったんだけど!】
【アイスの当たり付きで当たりが出たぜ!】
【推しグッズのオークションに張り付いてたのに負けた!】
どれも大事件には程遠いアイツの私情のみで。
最初の頃は俺も【それは大変だったな】と労う言葉を送っていたが、こうも続いていくと段々対応が冷ややかになっていくわけで。
【俺にとっては大事件なんだよ!】
毎回、アイツからそう返ってくる。
そうだろうけどさそうなんだろうけどさ、わざわざ大事件から送らずサクッと内容を書け!と思うんだよな。いちいち緊迫感匂わせてくんなよ!と直接言ったんだけれど、全然伝わってねぇし。
アイツの【大事件だ!】はオオカミ少年並に信用に欠ける。とはいえ、今度は本当の大事件なのかもしれないと毎回即見て返事を返してしまうわけで。
【どうしたんだよ】
いつも通りに返信を送ると秒で既読が付き…
【ジャージのケツのところ破れていて俺のオシャレパンツを部活のメンバーに見られた!】
………返信した事を俺は秒で後悔をした。
【……大事件なのは見られたお前じゃなくて、お前のオシャレパンツを見たくもないのに見てしまった部活仲間の方だろ】
呆れ顔スタンプと共に容赦なく告げると涙顔のスタンプがうっとおしいくらい送られてきた。
『朝、目が覚めると泣いていた』
朝、目が覚めると君が泣いていた。
気が強くて弱みを見せない君が、快楽以外で見せた初めての涙。
行かないで。
布団を握りしめ切なそうにそう寝言を零す。
その相手は勿論俺じゃない。
俺と君は寂しさを埋め合うだけの関係。
何度も身体を重ねるもそこに愛はない。
瞳に溜まる涙が頬を伝ってこぼれ落ちる。
起こさないよう、人差し指で涙を軽く拭っては初めて見る君の涙を暫く眺める俺の心に、さざ波の様なざわめきが沸き上がった。
あぁ、これは気付いてはいけない。
頭に警告音が鳴り響く。それ以上は駄目だと。
俺はベッドから降り、振り払うように脱ぎ捨てていたシャツを着ると部屋を後にした。
お互い干渉しない、愛さない、それが二人の間のルールなのだから。
『私の当たり前』
いらっしゃいませ
私の一日はこの言葉から始まる。
私は店の案内人。この店の事なら何でも知っている。
だから人々は私に尋ねてくる。
この場所はどこにあるの?
何かイベントやってないかな?
美味しい食事が出来るところない?
これ、何処で売ってるの?
様々な要望を聞き、望むままに私は案内をしていく。
ありがとうございました。
私の一日はこの言葉で終わる。
ワタシはロボット。
人間の手によって作られた存在。決まったプログラムを組み込まれ、その通りに日々動いていく。
それがワタシの当たり前。
『街の明かり』
街の明かりはとても綺麗だ。
華やかで沢山の人が集まり賑やかさをもたらす。
けれどその裏には黒い闇が潜んでいる。
闇取引、人身売買、殺人、麻薬、強盗
光あるところに闇はあり、闇があるから光がある。
街が一層反映し、光が増していく度に闇も広がりより一層濃く強くなる。
なんとも皮肉なことだろうか。
繁栄の裏には犠牲が付きものと言うことだろう。
この俺のように。
高層ビルの屋上で街明かりを眺め俺は口端を釣り上げた。
さぁて、今日もやりますか。
闇の世界に身を置いて十数年、街明かりで呑気に笑って過ごす奴らを見下しながら俺は本日の仕事を開始した。