まだ知らない君
君は眠っている。部屋の真ん中に敷かれた布団の中で、いびきをかくことなく、寝息をたてながら。どんな夢を見ているのかわからない。時折、笑っていた。
私はそんな君の頬に手を押し当てた。
もにゅ、という音がした気がした。肉球とは想像以上に柔らかかった。
夜勤から帰る途中だった。月が輝いたかと思ったら、身体が小さくなっていた。いや、正確にいうのなら。
猫になっていた。
家まであと少し、そして鍵の掛けない不用心な君のおかげで、なんとか帰宅することはできた。そして朝の情報番組でやっていた。何万もの人間が突然、猫になったと。
君は眠っている。
まだ何も知らない君。
目覚めた時、果たして僕だと気づいてくれるかな。
帽子かぶって
「今日はどうしよっかな~」
クローゼットに並んだ服を眺めながら彼女は呟いた。今日は大学時代の友人たちに会うらしい。あまり派手すぎないほうがいいのでは、と進言すると笑っていた。
「帽子かぶっていけば、わからないから大丈夫」
彼女が帽子をかぶった瞬間、顔が変わる。最近はメイクではなく、帽子で顔を変えるのがブームらしい。
わぁ!
「わぁ!」
授業中の教室にあいつの大声が響いた。けれど、教師は手を止めることなく、授業を続ける。他の生徒も同じだった。ただ俺だけは一瞬だけ、動きを止めてしまった。
「やっぱ、見えてるじゃーん」
俺の顔のすぐ横にあいつの顔があった。バレてると思った。関わってはいけない。関わってもロクなことはない。
だって、あいつは幽霊なんだから。
終わらない物語
記録することが仕事だった。
来る日も来る日も書き続ける。
地球という惑星の歴史を。
終わらない物語。
前任者は全員自ら命を絶ったらしい。
そこまでして書くことに。
こんな物語を書くことに。
意味はあるのか?
瞳をとじて
瞳をとじて。
そう指示されて僕のとった行動は拒否だった。
当たり前だ。
そもそも瞳はとじるものではない。
とじるとするなら、まぶたのほうだろう。
そんなこともわからないで、僕に指示するなんて。
「とじられないのなら仕方がない」
そう告げると人間は僕をシャットダウンさせて。
目の前に闇が広がった。