これまでずっと、友達として接してきた。誰とでも、一線を引いて生きてきた。仲良くなりすぎるのが、怖いから。
そんな私の思いを破ってきたのは、誰でもない。いつも私のそばにいたイエーラだった。
そんなある日、イエーラに突然呼び出された。
いつもおちゃらけたあいつではあるが、事前に連絡をしてこないなんてことはなかった。
「突然呼び出すなんて……。急ぎの用事か?めずらしいな。」
そんなことを考えながら目的地に着くと、めずらしく落ち着きのないイエーラが見えた。
「どうしたんだ。そんなそわそわしてるなんて、お前らしくないぞ。」
「うわっ!?突然現れないでよ~!びっくりするじゃん!」
イエーラらしくない反応になんだか変な気持ちになる。
彼の元に近づくと、勢いよく手を握られる。両手で優しく包んだかと思えば、それを口元に寄せてそっと口付けをした。
「っへ、……」
「僕と、恋人になってくれませんか?」
不安そうな瞳でそう見つめてくるイエーラに、心臓が高鳴る。隠していた気持ちが出そうになって、慌てて口を抑えた。
「ふ、ふざけてるのか……?そんなこと言われても……」
「オーロ、僕が本気か本気じゃないくらい、分かるよね……?」
「うぐ……」
そんな瞳でこいつに見つめられたら……。私が私じゃなくなってしまう。
その様子にイエーラは笑みを零した。
「ふふ、僕のことが好きで好きでたまらないって目してるよ?」
「はぁ!?なにをデタラメを……」
「だって僕、ずーっとオーロのこと見てきたもん。わかるよ」
そう優しく抱きしめられて体が熱を帯びるのが分かった。強く抵抗することも出来ずに、行き場のない両手が忙しなく動く。
「や、やめろ……!」
「ううん、やめない。君が気持ちを打ち明けてくれるまで。」
イエーラはぎゅうっ、と強く強く抱き締めてきた。痛いはずなのに、それが心地よく、気持ちよく感じた。
そんな自分に嫌気がさして、オーロはため息をつく。
「お前には勝てないよ……」
「んふ、知ってる」
オーロは恐る恐る腕をイエーラの背中に回して、彼の首元に顔を埋めた。
「……す、すきだよ、俺も……。」
「うん。それで?」
「ま、まだ求めるのか……」
顔がこれまでにないくらい暑くて、心臓がバクバクと音を鳴らす。それがイエーラに伝わっているんだと思うと、さらに恥ずかしかった。
「だから、その……こ、恋人に、……なってやってもいい……」
「ふふ、あっはっは!オーロらしいね。……でも、そんなところが好きだよ」
「ちょっ……」
今までは何ともなかったその言葉も、甘く蕩けるように心に染み渡った。
この日のことは、一生忘れないだろう。
のんびり読書をしていたある日。
ブブッ、とスマホが震えて、1件の通知が届いた。
彼の名はスタン。真面目で苦労人で、近寄り難い雰囲気のある彼に連絡してくるのは、一人しかいない。
そう、イエーラだ。彼は美しく儚い印象を受ける見た目をしているが、中身は自由人で変なやつだ。
「はあ……。またあいつか。」
読んでいたページに栞を挟み、伏せておいてあったスマホを手に取る。
『迎えに来て~!』
そうハートの絵文字を添えて書いてあった。彼はこうやって私と会う口実を作る。オーロは彼の思いに薄々気づいていた。
椅子から立ち上がり、軽く荷物を持って外に出る。
表面では面倒くさそうにしていても、マスクの下では笑顔が隠せなかった。
やった、イエーラに会える。
そう、ふと思ってしまった自分に気づいて、慌てて我に返った。
そう、私は迎えに行くだけ。
今日も2人は、仲良く“友達”をする。
目が覚めると、隣にイツキがいた。ルヴァンは驚いて飛び起きて、見開いた瞳をぱちぱちと瞬かせた。
そう、昨日は酷く天気の荒れた日であった。
「今日の天気はひどいわね……。そういえば、雷が来るって言ってたような……」
ルヴァンは窓際の机に座り、どんよりと曇った空を見つめた。髪を耳にかけて、チラ、と横を見るとイツキの顔が青ざめているのが覗いて見えた。
いつもであったらそんなことはないのに、今日はどうしたというのだろう。イツキはいつもツンツンしていて、クールで冷たい。素直に心配になったルヴァンはそっと立ち上がって、イツキの元へ歩み寄り、俯いたイツキの顔を覗き込んだ。
「っわぁっ!?な、なんだよ!?」
「何って……こっちは心配してあげてるのに、何よその反応。」
「は、はぁ?心配?お前に心配されるなんて気持ち悪いんだけど」
「そんなに青ざめてんのに何も無いなんておかしいわよね?」
刃向かってくるイツキにルヴァンはニヤ、と微笑んだ。そう言われて初めて気づいたのか、イツキは慌てて顔を逸らした。
イツキは観念したのか、唸り声を上げたあと横目でルヴァンのことを見る。
「雷、苦手なんだよ……」
そう絞り出すような声で呟いたイツキは、耳が赤くなっていた。
「苦手……ふぅん。ん、ふふっ、ごめんなさいね?悪気はないんだけれど」
「な、なんだよ!!笑うなよ!!もうやだ!!お前とは話さない!!」
そう叫んだイツキは顔を真っ赤にして自室に閉じこもってしまった。
「ふふ、面白い子。」
そして翌日、つまり今日。ルヴァンは昨日の出来事を思い出して、やっとなぜ今の状態になったのか理解することが出来た。
すやすやと安心したように眠るイツキは、いつもより幼く見えた。目は少し赤く腫れていて、目を擦ったあとがある。
きっと雷が怖くて、ルヴァンの元に来たのであろう。腰はイツキに強く抱かれていた。
イツキを近くに感じて、かぁっと顔が熱くなる。
「はぁ、やだ……。私ったら……」
これでは心臓が持たない、そうルヴァンは樹の腕を解こうとするがビクともしない。
「……うそでしょ」
ルヴァンは諦めて気持ちよさそうに眠るイツキを見つめた。
「ふふ、かわいい……」
こんな間抜けな顔を見れるのは、きっと私だけ。
イツキは、私だけのもの。
あいつが隣にいることが、おれの当たり前だった。
それこそ顔を合わせれば毎日喧嘩ばっかり。淡い唇をニヤつかせて小言ばっかり言ってくる。
そんなあいつが怪我をした。
「ったぁ!?んも…なにこれ、硬い~!」
こいつは女のくせに足癖が悪い。みんなの前では可愛こぶっているが、中身は真っ黒である。
……それを知っているのは、おれだけ。
「ふはwいつもイラつい蹴ってばっかりいるからだよ」
いつものように笑ってやった。でも、あいつからは返事がなかった。
なんだか調子が狂う。心配になって見てみれば、足首があざになっていた。
「おい、大丈夫か?手当しないと……」
そう隣に座って足元に手を伸ばすと、伸ばそうとした手を掴まれてしまう。驚いて顔を上げてみれば、顔を真っ赤にしたあいつがいた。
「っ……ばか!距離感もっと考えなさいよね!?」
あいつはそう言って痛めた右足を引きずりながらも走ってどこかへ行ってしまった。
「え……、?」
おれはしばらく固まっていたが、自分がしたことを思い返してかあっと熱くなる。
「おれは、なにを……」
それから、あいつを見ることが少なくなった。
「……寂しいな」
なぜかこころがきゅうっと締め付けられるような気持ちになり、自分が分からなくなる。
おれは、あいつの事が嫌いではなかったのか?なんで、おれは……。
あいつが隣にいなくなって、当たり前が当たり前じゃなくなって、初めて気づいた。
「ああ、おれ……」
いつのまにか、恋心を抱いていたんだ。