「今日は半袖なんだな、良かった」
「今日は暑いから」
いつも長袖で、ずっと日陰にいるのに今日は珍しく半袖で、きちんと人間としての感性を持っていることに少し感動した。
「暑いよな」
「うん」
気温は高い。朝っぱらから下がることのない猛暑。さすがに日陰にいるとはいえ、長袖ででは厳しいものがあるだろう。
「これ、やる」
差し出されたのは、塩分タブレット。
「タブレット…?」
「熱中症にでもなったら困るからな」
はやくとれ、と怒られて、それを受け取る。差し出されていたその腕が、細くて白くて、それに俺が驚いていたから反応が遅れてしまったらしい。
「さんきゅ、ありがたくもらうわ」
「もらっておけ」
それをあけて、口に放り込む。
「…しょっぱー」
「そりゃそうだろ、塩分だぞ?」
「確かに」
「いくらでもある、欲しかったら取ってけ」
布巾着を押し付けられて、その中身をみる。
たくさんの、いろんな種類の塩分タブレット。
俺が飽きないように、たまにグミとか、ガムを入れてくれてる。
「…優しいなぁ」
「…うるさい」
一見怖そうなのに、こんなに優しいのが、ギャップで好きなんだよね。
お前の半袖、なかなかに似合ってる。
『半袖』
「すき。ねぇ」
肩をポンポンと叩かれて、後ろを振り返る。
そこには、顔を赤く染める君が立っていた。
「ねぇ、こっちむいてよ」
「なに?」
「好きだってば」
「ごめん、後にして」
はー、最低。
どこにいるかな、新しいの探そう。
ちゃんと、勉強しよう。
この物語はフィクションです。
肩掛けのショルダーバッグ
ハンカチ
日焼け止め
帽子
制汗剤
こんな暑い日は、日焼けを気にして生活しないといけないし、それ以外にも、熱中症にも気をつけなければいけない。
大変なことが沢山あるけれど、夏は好きだ。
暑いし、虫も多いし、嫌だけど、この雰囲気が、好き。
暑いな〜
「ね、知ってる?」
「なに?」
「アユムくんの着てるあのコート、高級ブランドのなの」
「へぇ、そうなんだ」
アユムくん。それは美園の好きな男の子。
中学入学当初から、ずっと気になってたみたいだけど、少し話しただけでコロリと落ちてしまったらしい。
相変わらず、美園はちょろい。
いつも2人で歩く道は、そのアユムくんの通り道でもあって、いつもうちらが歩いているときに横を自転車で通り過ぎる。あの子は他の男子と違って、いい匂いがする。汗じゃなくて、香水よりは軽やかな、すっきりとした匂い。
それを知ってから、自動車側はいつも美園に歩かせているけど、それは美園は知ってるのだろうか。
「美園。あの子、いつもいい匂いがするよね」
「え!なにそれ!?私知らないんだけど」
五十嵐ばっかりずるい、と項垂れる美園は、足をバタバタさせて後悔に苛まれていた。
「いつも自動車側歩かせてたでしょ。せっかく美園のためにしてたのにな」
「あーもう、からかわないで!いいなぁ」
口角をふんわりとあげて笑う美園は、紛れもなくかわいい女の子だった。私じゃなくて、この子が選ばれていたら、もっと人気作品になっていたのかな。
「…じゃあ、これあげる」
差し出したのは、一枚のポリ袋。中は少し膨らんでいる。
「これ、何?」
その膨らみを潰そうとする美園を引っ剥がす。
「こら、せっかくの匂いが逃げるでしょ」
「匂い?」
「うん。美園が悔しくてここに残らないように、アユムくんが通りすぎるときの匂いをこっそりこの袋に溜めておいたの」
ほら、とゆらゆらと袋を揺らすと、美園はきらきらと顔を輝かせて、それ、頂戴と手を伸ばした。
「いいよ。一回しか嗅げないから、気をつけてね」
「うん!」
袋を受け取った美園は、袋に顔を近づけてゆっくりとポリ袋をしめる手を離した。
「…やばい、めっちゃいい匂いする!」
それをゆっくりと嗅ぎ、堪能した美園は、顔をあげて私をみる。
「ありがとう、五十嵐!アユムくんの匂い嗅げて嬉しいよ」
本当に嬉しい、と呟く美園の顔は紅潮していて、何かの思い出に浸っているように見えた。
「ごめんね、美園」
「…どうして、五十嵐が謝るのよ。五十嵐は、何も悪くないじゃん」
「謝らなきゃいけないから」
「そんなの、五十嵐は気にしなくていいの!…五十嵐、ほんとうにありがとう」
またね、と笑う美園は、すっきりとしていた。
「大好きだよ。これからもずっと」
「私も、大好きよ」
ソファにいたはずの美園は、いなくなった。
『まだ見ぬ世界へ』