もし許されるのなら、別に許してもらうことでもないのだが、仲間だと思っていいのかな。
ただ何かしら共通点があって親近感が湧いたから勝手に仲間だと思っているんだ。ごく限られた共通点、たったそれだけの部分をみて、その部分に限り仲間だと思う。
極端な話ではあるが、それ以外の部分では何の関係もない同志でも敵でもない他人となる。
自分はとてもシャイで口下手だ。自分から話しかけることはおろか、聞かれたことにすら上手く答えられないくらいシャイだ。社会性や社交性の欠如とでも言おうか。最低限のマナーと報連相がある程度できていればギリギリ及第点だと助かる。
そういうふうに生きてきた。それ以外の生き方がわからなかった。自虐することで期待されずほどよい距離を生み出しお互いの負担を軽減する、それが最適解だと思うんだ。
この身のうちにあるドロドロとした常識や倫理観の欠如を外に出さず、嫌悪感のある対象にだけその片鱗を見せてやることで浅い付き合いで終える。
ちゃんと善悪は理解しているから、それが誰にも受け入れられないことだとわかっている。そしてそれを武器にできること、その扱い方を間違えなければいい。
きっと本当の意味で仲間になることはないだろう。
それでも何十年もの時間の中で、たった数ヶ月程度顔を合わせ、時期がきたら離れて二度と出会わない。
自分が消えていくような気になる。ただそれだけのわけのわからない独白だ。
生きるのは難しい、けれど失くすのは簡単だ。
それを受け入れるかどうかで人生の充実度が変わるのかもしれない。
どちらにせよ自分には難しいことだから、しかたない。
【題:仲間】
形骸化した社交辞令
【題:ありがとう、ごめんね】
「ぜったい、だいじょうぶだからね!」
小さな手が、僕の頬をはさんで強引に上を向かせた。悪意なんて微塵も感じられない無邪気な笑顔が視界いっぱいに映る。こつん、と額を合わせてもう一度同じ言葉を繰り返した。
小さな太陽みたいだと思った。
なんの根拠もないくせにその笑顔がすべて証明しているようだった。やまない雨はない、とか、そういう胡散臭いポエムとは違って目の前に完成品をぶら下げてそれ目掛けて走り出させてしまう、なんというか、パワーがある。
バイバイって小さな手を振りながら、反対の手を親に引かれて去っていく見ず知らずの子ども。僕と同じネームバンドをつけているのが不思議なくらい元気な様子だった。
いつか死んでしまうんじゃないか、もっと苦しむことになるかもしれない。尽きない不安とそれを助長する慣れない環境がつらくてしかたないのに、あの子はすごいな。
「…ぜったい、大丈夫だよね」
【題:部屋の片隅で】
手が届きそうで届かない、そんなもどかしい距離が私たちのふつうだった。
あの日もそうだった。普段は明るく、まるで無邪気な子供のように天真爛漫なあの子は時々無表情になるときがあった。感情や思考がごっそりと抜け落ちたような、生きている人間らしさを感じられないような、どこか虚ろな表情。
ひとりきりになったときに時々するだけだったのが、あの日は誰といても上の空で相手の視界から外れた瞬間に無表情になっていた。
…不謹慎ではあるけど、私がまだ知らないミステリアスな魅力を目にすることができて幸せだった。
あの日、半休だったから生徒は学校から追い出されるように下校した日。
あの子と同じ通学路を茹だるような暑さの中歩いていた。途中に踏切があって、そのときは遮断器が降りていてあの子は白線の前で立ち止まっていた。
ゆっくり歩けば立ち止まらずとも通れるようになるだろうとカタツムリのようにのろのろ進んだ。予想通り電車が大きな音を立てて近づいてきた。ぼんやりと前をみていた私の視界には電車と、あの子が鞄を地面に置く様子が映る。
「、あ」
あっという間だった。本当にあっという間だった。
止められなかった、止められる距離にいなかった。いや、止めなかったが正しいのか。
私はきっと人殺しだ。あの子を見殺しにした。
助けたかったけど助けたくなかった。なにか理由があったのかもしれないが私はそれを知らない。苦しそうなことだけしかわからなかった。
だから私は、あの子を殺した殺人犯なんだ。
【題:距離】
薄氷に手を添えて、浅い水たまりの中を覗く。
私の体温で溶けていく氷と、冷たい水の塊に温度を奪われていく指先。じわじわと手の形に溶けていって、静かに水底に沈むのをじっとみていた。
もう誰も、私の行動を諌めてくれる人はみんな、いなくなってしまった。
一緒にいると煩わしいのに、いなくても心をぐちゃぐちゃにかき乱して煩わせるなんて。勝手な人たちだ。
じんじんと痛む手を水底から引き抜く。たった1分も経たない間にすっかり冷えきって感覚が鈍っている。
ゆっくりと握ったり開いたりして動きを確かめ、今度は少し力をいれて握り込む。
――かしゃん
薄っぺらな氷が小さな音を立てて割れ、浅く溜まった水が飛び散る。まだ完全には明けきらない冬の朝日を反射してきらきらと光るのはきれいだ。その後は地面に落ちて吸い込まれていく儚い宝石のようだった。
こんな私にも朝がくるのだろうか。
一生、明けてほしくない夜があってもいいじゃないか。
思い出になって風化していくなんて許せない。
「…寂しい」
【題:冬のはじまり】