「ただ可愛がられたいだけなら簡単だよ」
「気に入られるとなると少し難しくなるかな」
「頼りにされるのも、信頼関係を築くのも少しずつ難易度は上がっていくの」
「だってほら、あなたもそうでしょ」
そこに1輪の花を持って立っているだけなのに目が離せない。きれいとか、かわいいとか、そんな俗物的なものじゃない。初めからそこにあったかのように溶け込んで、それでも尚失われない個が立っている。
夏の影を映した縁側に1人、陽射しを受けて光る花が1輪。それぞれの写真を切って貼り合わせたかのような視えない境界が1人と1輪の間にある。
「あなたは上手くやれてるよ」
そんな訳ない、そんな訳ないんだ。
だってここは貴女の場所であって私の居場所なんてどこにもない。だから隅の方で小さいままだったのに。
そんなふうに、簡単に、手折るなんて。
『うれしい』
貴女のおかげで私が輝ける。
仮死したそれはあと数日も保たない。
でも私はこれからずっと立っていられる。
――だから、私を、折らないで
【題:蝶よ花よ】
またいなくなった。
また見送りもできなかった。
また最期に立ち会えなかった。
また弔いもできない。
もう次はない。
帰れないし帰ってこない。
空っぽの容器をどうしようか。
コレを繰り返すくらいならこのまま飾っておこうか。
忘れないように。
繰り返さないように。
生きているものの宿命だとしても、嫌なものは嫌だよ。
― 最初から決まっていた
イライラする。
寝ても覚めても、立っても座っても横になっても、ずっと痛い。頭を金づちで殴られ続けるような痛みがずっとある。
座ってるときと顔を上げたときが特にひどくて吐き気が込み上げてくる。何度か吐いた。それからまともにご飯を食べてない。でも吐くものがない方が苦しくないからいい。
最初は気づかってくれていたけど、段々と嫌な顔をみせるようになって痛いということもその素振りも隠すことにした。
どうせ他人事だからね、仕方ないよね。
でもこんなに痛いのに吐きそうなのに嘘だと言われるのも思われるのもうんざりなの。大袈裟だって笑ってるのが腹立つ。
他の人にはどうでもいいよね。だったら嘘だとか言わなくてもいいでしょ。
痛いのは私で、苦しいのも私。
痛がってるのをみてるのは他人で、苦しんでるのをみてるのも他人。
必要だって言うから報告してるだけ。嘘だっていわれるなら報告したくもない。
イライラする。すごく痛い。誰にも会いたくない。
―― つまらないことでも
本当につまらないことだから誰が苦しんでいても笑っていられるんだよね。
イライラする。この痛みを言葉じゃなくて実際に感じてくれたらいいのに。
そうしたら嘘だなんていえないでしょ。
目が覚めたら、どんな頭痛にも効く薬があってほしい
原因のわからない最悪なこの痛みを消し去ってほしい
痛みから解放されたいよ
【題:目が覚めるまでに】
ボクがアナタにしてあげられること、その全てを完璧にしてみせる。アナタは特別な人だ。他の人ではその足下にも及ばない。そんなアナタを見つけ、側にいることができるボクは幸せ者だ。
光を失った虚ろな目。視線は合わないけれど確かにボクを見ている。ガラス玉のようにつるりとしていて綺麗だ。
また失うことはわかっている。これまでのようにボクは見送る側にしかなれない。
悲しいのに嬉しい。最期のときをボクとともに過ごしてくれた。そしてこれからは、その身が腐り、元の姿を失くし、白い欠片となるまで側にいてくれる。
―うっとりとした表情で泣く男とその腕の中で息絶える女
昔の猟奇殺人を題材にした映画だ。映画自体はあまり売れなかったが、主人公の男を演じた俳優はこの映画を機に爆発的に売れた。
ある記者が質問した『どうしたらあんな素晴らしい演技ができるのですか』に俳優は心底嬉しそうに笑って答えた。
その答えはただの冗談として流された。だが、察しのいい人ならきっと気づいただろう。ゾッとするくらい残酷な答えをあんな表情で、澄みきった瞳で、さも当然のように言えるものか。
役者で、演技だったとしても、気味が悪いったらない。
【題:澄んだ瞳】