「好き」
そんなの言葉だけならいくらでも言える。人に限らず物や動物にだって気に入ったものなら連呼してるじゃないか。本気かどうかよりも、どれが一番なのか優先順位の方が気になるでしょ。
恋愛もそうじゃないのかな。他のどんなものよりも優先順位が高いだけ。気持ちの強さというより、対象をどれだけ優先できるかで決めてるのでしょ。
これをいうと「拗らせてる」だの「恋したことないんだね」と呆れられるだけで伝わらない。
好きも優先順位を決めることも結局は本人の感情次第であることは変わらないのにな。そんなにおかしなことなの?
【題:本気の恋】
とうとう何も書きこまれなくなったカレンダーは真っ白だった。かわいらしいキャラクターと花の絵柄だけが枠の外を彩っているだけで、中身は空っぽだ。
もうみているのも嫌で絵柄を伏せて机の端に追いやった。それすら今の自分の姿に重なってみえて、情けなさやら不甲斐なさやらが沸々と湧いてきてしかたない。
「どうしてこうなったんだろ」
【題:カレンダー】
私は家族は何よりも大切な存在だと思っている。
何を言われても、何をされても。どんなに無茶な要求でも理不尽な言い分にも我儘にも、そのすべてが家族にとって必要なものだと信じて疑わなかった。
でも、私が成人して実家を少し離れて生活し始めたあと、久しぶりに帰省した。そこでみたのは「家族」の皮を被った得体のしれない何かだった。
そこではお互いを罵り合い、責任を押しつけ合っている。まるで化け物のように大きな足音を立てて廊下を歩き、聞き取れないほど早口で喚いていた。
私のために用意したという食事を前にしても化け物どもはとまらない。ギャンギャンと騒ぎ立て、何も言わない私をみてため息を零した。そして一言。
「稼ぎがあるのなら仕送りくらいしろ」
お気に入りの財布を取り上げられ中身をみて、渋い顔をしながら中身を抜き取っていく。あまりにも自然な流れで行われていく行為に何も言えなかった。
―これが、家族…?
プチッと何かが切れて、火花を散らしたように目の前で赤い光が弾ける。
食器ごと机から叩き落として食事を踏みつける。奪われていたカバンと財布を取り上げて、抜き取られた紙束を化け物の目の前で破り捨てた。
喚き散らす化け物をカバンで殴りつけ大人しくさせてから家を出ていった。いや、もう家ではない。化け物の巣窟だ。
私は家族を失った。化け物に食い尽くされてしまったのだ。この喪失感を埋めてくれるものなどない。
だってもう私の時間は食い潰されてしまったのだから。
―絶対に許さない
【題:喪失感】
「あんたなんかッ」
何かを言いかけて苦しげに顔を歪めた。声を殺して泣く姿が頭から離れない。やっぱり私のせいなのだろうか。
ズルッズルッと重たい椅子を引きずって窓際まで持ってきた。椅子の上に立って少し錆びついた鍵を力を込めて外す。思っていたより大きな音を立てて外れたから、びっくりして椅子から落ちてしまった。おしりは痛かったけど1つ目の計画は成功したからよし。
もう一度椅子の上に立って窓を開ける。生ぬるい風が頬を撫で、部屋の中を荒らしていく。積み重なった紙の束やホコリが宙を舞っているのを横目にみながら、窓の外へ頭を出した。誰もいないパーキングに数台駐車されているのを確認する。車は高級品らしいからぶつからないようにどこに落ちるかを見定める。
ウンウンと唸っていると玄関の方から足音がした。
「はやくしなくちゃ」
落ちる場所は決めた。ここは9階だから生き残ることはまずないだろう。いかに迷惑をかけず消えることができるかを優先するんだ。よし。
去年の誕生日にもらったお手製の人形を抱いて窓から飛び出した。私だけのもの、世界に一つだけの私の宝物。
ずっとずっと大切にするから、一緒にいてね。
【題:世界に一つだけ】
ケラケラと笑い、談笑するのを離れたところからみている。今も昔も変わらない自分がとても情けなくて目を伏せ時間が過ぎるのを静かに待った。
当人らにそんな気はないのだろう。もしあったとしても仕方のないことだ。僕には口出しできないことである。
兄が帰省するたびに僕の存在感は薄くなり、ほぼ透明になる。話しかけても返事はなく、話しかけられるのは用事を頼むときだけ。食事こそ同じ場所で同じものを食べるけど僕がいることで話題に気を遣うのかイマイチ盛り上がらない。はやく食事をすませて出ていけばそれまでの静けさが嘘のように大きな声で話して笑い声まで聞こえる。
また気を遣わせてしまった。このあとまた兄が僕の話しを聞きにくるのだろう。優しさが息苦しいなんて僕は我儘すぎる。
―パキンッ
まただ。最近やたらとこの音が聞こえる。
周りを確認しても誰もいないし何も壊れていない。
―タンッ、タタタンッ
なんだろう、軽快な足音がする。ダンスでもしているかのようだ。
でも、大丈夫なのだろうか。足音に合わせて何がひび割れるような音が聞こえるのに、そんなに力強く踏み込んだりしたら壊れてしまいそう。
「おい、お前大丈夫か?」
ザワザワと騒がしい食卓を囲む家族と唯一僕をみつめる兄がいた。僕の手は血塗れでなんだか足の裏も痛い。
そうか、そうだったのか。
僕は割れたマグカップや食器の上で飛び跳ねた。パキンパキンと割れる音と床を思い切り蹴ってめちゃくちゃなステップを踏む音しか聞こえない。
なんて楽しいのだろう。こんなに心躍る日がくるなんて幸せすぎてどうにかなりそうだ。
誰かの「狂っている」という呟きが妙に耳について癪に障るけど今は許してあげよう。だって僕は幸せだから。
可哀想な誰かさんに慈悲を与えるなんて僕は優しいな。
「そうでしょう、兄さん」
【題:踊るように】