サァ、と雨音が聞こえて目が覚めた。
ぼんやりとした頭で窓の方をみると、勢いよく雨粒が降り込んできているのに気づいて慌てて起き上がる。お腹の上で丸まっていた猫が不服そうに鳴いたけどこればかりは許してほしい。
いきなり立ち上がったせいでふらつく身体を叱咤しなんとか窓を閉めることができた。でも開いている窓はここだけじゃない。寝室や自室の窓も開けっ放しではやく閉めないと大変なことになる。
ガンガンと増していく頭痛に思わずその場に座り込む。元々、偏頭痛持ちではあるけどここまで酷いのは久しぶりでひんやりとした窓ガラスに頭をくっつけたまま動けなくなった。
情けないな、と膨らみはじめたばかりのお腹を撫でていると、先ほどリビングを出ていったはずの猫がすり寄ってきた。珍しく喉を鳴らしながら甘えてくる姿になんだか目頭が熱くなる。小さな頭から背までゆっくりと撫でてやると同じようにゆっくりと私の腹にすり寄ってきた。たったそれだけのことで沈んでいた気分が和らいでいく。
「さすが、母猫先輩だなぁ」
去年出産して3匹の子猫の母となったこの猫はとても頼りになる先輩だ。今も自室で仕事ばかりしていた旦那に喝をいれてきてくれたようで、バタバタと階段を駆け下りてくる足音が近づいてきている。
腹にぴったりと身を寄せる先輩を抱きしめて目を閉じる。ありがとう、というと控えめな鳴き声で返事をしてくれるのにキュンとした。旦那より好きだよ、といえばリビングに駆け込んできた足音がピタリと止まった。
ちらりと様子をみれば情けない顔で項垂れていたから笑ってしまう。本当に先輩には敵わないな。
【題:時を告げる】
バキンッと音がしてようやく足下に目をやった。
粉々に砕けた貝殻が床に散らばっていた。正確な数は分からないけど、両手では掬いきれないほどたくさんある。
ぼんやりとそれらを眺めていたらまた金切り声が部屋の中に響き出した。無遠慮に踏み込んできてより一層声を荒らげ、ガクガクと私の肩を揺さぶる。
黙ったままその人の目をみていたら頬を叩かれた。痛そうな音がするな、と考えていたら今度は反対側を叩かれる。抗議の意を込めてその目をみれば、大粒の涙を零しながらギャンギャンと騒ぎ立てるだけでとても話しなどできそうにない。
―疲れた
その一言さえ発することを許されていないのだ。
偉そうに胸を張って他人を見下すその人こそ、私の生殺与奪の権利を有しているのに情けない。ただ邪魔だから消えろと言えばいいだけなのにそれすらしない。
ひたすら己の自尊心を高めるためだけの行動を繰り返す様は滑稽で、毎日笑いをこらえるのに苦労している。
足下に散らばる貝殻のように踏み潰せたら、なんて。
私もまた狂ってしまったようだ。はやく処分してもらえないかな。
口の中いっぱいに広がる血の味を飲み込んで、その人のヒステリックが終わるのを待つ。これが私の仕事なんだ。
【題:貝殻】
いつも通り、にっこりと笑う。
ありがとう、と言えば蕩けてしまうのではないかと思うくらい嬉しそうに笑った。ピョンピョンと跳ね回ってはしゃぐ姪の姿がなんだか眩しくて目を細める。
純粋さと幸福をギュッと詰め込んだような幼子はその表情や行動一つで周りを惹きつけて離さない。笑顔を向けられればつい抱きしめてしまうし、がんばれと応援されれば何にも負ける気がしない。無敵パワーを分け与えてくれるかわいくて優しい世界一の姪っ子だ。
だから私の心の陰りなど見せてはいけない。
舌足らずな喋りでプレゼントしてくれた花束について説明する言葉に嘘はない。私が好きだといった色とものを覚えていてくれただけ。
それにわざわざこの花を選んだのも購入したのも妹夫婦なのだ。ご丁寧に花言葉まで教え込んでいるのだからもう笑うしかない。
―スノードロップ
ポジティブな意味なら贈り物として最適であるといえるが、どちらかというとネガティブな意味の方が有名な花。
それをわざわざ姪に手渡しさせるなんて相変わらずいい性格をしている。
数日前に私が余命宣告されたことを喜んでいるのだろう。私さえいなければもっと幸せだったのにと豪語していたからね、分かってるよ。
でもたった一人の妹だと思うと、些細なことでも意外と傷つくものなんだね。知りたくなかったな。
【題:些細なことでも】
火ってその時の心境や状況で印象変わる。
怒り狂ってる人をみたら禍々しい炎が背後で燃えさかっているように感じるし、今にも亡くなってしまいそうなほど弱っている人をみると溶けきった蝋の中で小さく揺れる火を思い浮かべてしまう。
本来なら明るく照らしてくれるはずのものが儚く感じたときのギャップこそ、なんだか魅力的にみえてしまってだめなんだ。どんなに小さく弱々しい火でも触れば焼かれてしまうのにね。
熱さも忘れて、痛みに臆することなく、その身を焦がし心まで火の中に投げ込んでしまった。
あなたの大切なものはなんですか?
塵一つ残さず焼けてしまったら意味がないのに本当に馬鹿だね。何か少しでもいいから残してくれたなら私だって燃え尽きることはなかったのに。
あんなに大切だなんだと説いておきながら結局は自分自身が一番なのでしょう。
そういうところこそ、もっと早くに焼き切れていたらよかったのに。そうしたら、もしかしたら、まだ一緒にいられたはずなのに。あなたは酷い人だ。
【題:心の灯火】
口下手というか、筆不精というか
どうにも会話することが苦手でLINEの通知がくる度にうんざりしてしまう
そうやっている内に時間だけがすぎていって、いつの間にか出来上がっているのが「開けないLINE」なんだ
未だに付き合ってくれる人たちには頭が上がらないよ
【題:開けないLINE】