何の前触れもなく渡されたおもちゃの金メダル。
初めてのことに驚きすぎて言葉もでなかった。だけど嬉しかったのが顔に出ていたようで、優しく微笑みながら頭を撫でる父に抱きついた。
同じ部屋にいた妹のことなど気にもならなかった。
生温かい目で曖昧に笑う母の気持ちなんてどうでもよかった。
だって今まで上辺だけの褒め言葉だけで誰も僕のことなんて気にかけたことなかったのに、ようやく認めてもらえたのだ。喜ばずにはいられなかったんだよ。
テストや模試の結果じゃ満足してもらえないし、絵や何かの企画のコンクールで入賞しても賞状をもらっても新聞の片隅に名前がのっても言葉だけだったのに。
なんて誇らしいことなのだろう。
「あー、それ?前に私ももらったよ」
その一言さえなければあの金メダルを捨てることはなかった。きっと一生の宝にでもしていただろう。
なんとも短い夢だった。
【題:誇らしさ】
すごく暑い。暑すぎて焼け焦げてしまいそう。
髪も制服も汗でベタベタなのに、喉はカラカラで息をするだけで痛いくらい乾いてる。もう日は傾きはじめているのに、肌を刺すような鋭い日差しと熱と湿気をたっぷり含んだ風が「夏だぞ!」とうるさいくらい主張してくる。
ギコギコと思いきりペダルを踏みつけて坂を上る。
もうこの坂とも今年でお別れだ。高校を卒業したら汗だくでチャリ通学しなくてすむんだ。
せっかくの女子高生時代がこんなみっともない姿を晒すだけだなんてあってはならないのに。もっと恋愛やら友情やらで甘酸っぱい感じになると思ってたのに。
現実は無情すぎる。
下手に進学校なんて選んだせいで夏休みも冬休みもぜんぶ勉強で潰れた。学校は休み時間ですら参考書を開いて勉強することを強いられ、口を開けば叱られて白い目でみられ、成績次第で教師からの扱いがコロコロ変わるなんて聞いてない。
自分の成績をみて志望校を変更したら「人間のクズ」とまで言われるなんて聞いてない。
クラス中から飛んでくる視線が痛い、笑い声やヒソヒソ聞こえる声が怖い。
「もう、いいや」
上りきった坂の向こう側は急こう配な下り坂で、下りきった先には車通りの多い交差点がある。今日は友だちからの誘いを断って一人で先に学校を出てきた。
誰もいない歩道と赤い歩行者用の信号機。
帰宅時間のはじまりである昼と夕の境目の時間。
リコールのハガキが届いたのは昨日だったっけ。
あーあ、卒業なんて待つ必要なかったな。
ペダルから足を、ブレーキから手を、静かに離した。
体重を前にかければあとはバランスを取りながら坂を下るだけ。
暑いはずなのに、身体の芯から冷えていくような感じがした。目に映る光景はあまりにもはやく過ぎ去っていくのに冷静な頭がどこに何があるのかはっきりと認識している。
スローモーションだなんて嘘っぱちだったな。
【題:自転車に乗って】
自分が思ったことや感じたことを思いきり叫ぶこと
赤ん坊のように泣き叫ぶのではなく、幼児のように駄々をこねるのではなく、自分を保ったまま自分の言葉で自分を主張する。
文字だけみてると簡単そうだけど意外と難しい。
だって、主張なんてしなくても生きていけるから赤ん坊のように泣き叫ぶ必要はないし、成長すればある程度言葉を覚えて同時に感情表現やその方法も覚えるのだ。幼児のように駄々をこねる必要がなくなる。
でもここまでくると自分の思考や感情の制御まで無意識にしてしまうようになる。空気を読むとかそういうやつだ。とにかく周りに合わせようとして自分の言葉や主張を変えてしまって、結局自分自身を偽るようになる。
だから難しい。大人か子どもかなんてそんなに差はないと思う。抑圧される環境の有無や程度でいくらでも変わるから年齢なんて目安でしかない。
「心の健康」が重要視されるときなんてくるのかな。
みんな何かしら我慢しあってようやく『支え合う』という構図がとれるのに、個人の見えない部分の健康なんて気遣えるの?
こういう実現するかも分からない未来を想像しては否定してを繰り返している。楽しくはないけど暇つぶしにはなるからずっと考えてるの。
頭の中だけなら誰かに見聞きされることもないから、本来の自分が好き勝手してる。そうしないといつか自分が消えてしまいそうだから。
心の健康ってどうやって保つのが最適なんだろうね。
【題:心の健康】
何か一つくらいくれたっていいじゃないか
同じ言葉でも君が音にのせればみんな褒めそやす
その口で、その手足で、空気を震わせただけなのに
誰も彼もがたちまち虜になっていく
天地がひっくり返っても追いつけないほどの才
僕にもそれがあったならよかったのに
【題:君の奏でる音楽】
「はい、どうぞー」
にぱっと明るい笑顔で拳を突き出した姪っ子は珍しく機嫌がいい。つい最近姉が二人目の子を出産したためあまり構ってもらえなかったのが寂しかったのだろう。おやつや玩具を買っても見向きもせず、わんわんと大泣きしては暴れ回った。
これにはさすがに姉も参ってしまったようでしばらく俺と弟で預かることになったのだ。男所帯に幼い女の子を一人放り込むなんて、とは思ったがこれがまた可愛くて目に入れても痛くないとはこのことかと納得したほどだ。
俺も弟も夏休み中であることを言い訳に姪っ子を甘やかしまくった。可愛らしいパフェが人気の店やSNS映えする写真スポット、夏定番の海やプールに花火大会や夏祭りまで。姪っ子が喜びそうなところをピックアップして連れ回した。
最初こそ人見知りしていたが、今では大声で名前を呼んで抱きついてきてくれるようになったのだ。そして行きたい場所や食べたいものを百点満点の笑顔と上目遣いでおねだりしてくる立派なレディーに成長した。姪っ子が尊い。
だが楽しい時間ほどあっという間に過ぎていくものだ。気づけば夏休み最終日となり、姪っ子も姉夫婦の元へ帰ってしまう。寂しさのあまり姪っ子より先に咽び泣いて「帰らないでぇ!」と叫びちらした。姉にぶん殴られ姪っ子にヨシヨシされてまた泣いた。めっちゃ天使。
ついにやってきたお別れのとき、走り寄ってきた姪っ子の冒頭の「はい、どうぞー」である。
膝をついて目線を合わせてやると、突き出した拳を開いて可愛らしいヘアピンを2つ差し出した。「ありがとう」と屈託のない笑顔でいわれて、さらに俺と弟の髪にヘアピンをさした。
「これねお揃いなの!失くしちゃだめだよ!」
「「めっちゃ大事にする!!」」
夏がくる度に思い出す。ガチャガチャで引き当てたヘアピンは未だ捨てられず、ずっと俺たちの髪を飾りたててくれている。またいつか、姪っ子の手で飾りつけてほしいものだ。
仕事場に向かうため、ヘアピンをした上から麦わら帽子を被って歩く。いつも通りの道の端、小さな花束と見覚えのある缶ジュースが供えられていた。まだ新しいそれらをみて先を越されたなと独りごちる。
「まだまだ連れていってやりたいところあったのになぁ」
【題:麦わら帽子】