いつまでも捨てられないもの
殺し屋になってから、何かを捨てるのは得意になった。
仕事のために家族を。生きるために矜持を。
業務のために何もかも犠牲にするのは、殺し屋として最低限のスキル。
そのはずなのに…。
君を殺す銃の、引き金を引けないんだ。
子供時代のたった一年、仲良くしていただけなのに。
どうして。なんで君だけ捨てられないんだ。
誇らしさ
「最優秀賞なんてすごいね、おめでとう」
みんなが口々にそう言う。
それもそうだよね。だって、私の短歌が県大会で最優秀賞を取ったんだもの。一年生の私が、先輩たちを差し置いて全国大会に行けるの。
「最優秀賞」のたった四文字が、本当に誇らしい。みんなも、「最優秀賞」を褒めてくれるの。
…あれ、何かおかしいな。
すごいのは「最優秀賞」?「私の短歌」?
夜の海
夜の生ぬるい風が僕の髪を撫でる。
手に持った懐中電灯は、砂混じりのアスファルトをぼうっと照らす。
彼女と二人暮らしのアパートから歩いて十分。波の音だけが響く防波堤の上に、懐中電灯で照らされて細い影が伸びている。
「やっぱり、ここにいた」
僕がそう声に出すと、影はくるりとこちらを向いた。彼女だ。
「あはは。迎えに来てくれたの?」
彼女は妙にあっけらかんとした、下手くそな笑みを浮かべる。自分を取り繕う嘘が上手な彼女の、最後の砦。
「そりゃあ、今、十時だよ?さすがに心配だって」
「…別に、私だって社会人なんだから。気にしなくてもいいのに…」
彼女の下手な笑顔すら消えかかる。
防波堤に立つ彼女に、空いている左手を差し出した。
「僕は彼氏なんだから。気にしたっていいでしょう?」
帰ろう、とも、話して、とも言わずに、彼女を見上げ続ける。
「…もぅ」
やがて、彼女の右手が僕の左手に重なった。
ぴょんと、防波堤から飛び降りる。
「別に、死んじゃおうとしたわけじゃないんだよ…?」
距離が縮まると、彼女の目に涙が溜まっているのが見えた。今にも溢れそうだけど、必死にせき止めて流れない。
「大丈夫、知ってるよ」
傷つけないよう、そっと彼女を抱きしめる。
彼女の嗚咽が、波の音に溶けていった。
自転車に乗って
自転車に乗って、どこへ行こう。
自分の足でペダルを回せば、歩いていくよりもずっと速く、ずっと遠くへ進めるよ。
ちょっと遠かった海も、仲良しの友達の家も。今までよりずっと近くなった。
日本一周だって、できちゃうかも。
全部、全部、自分の足で漕いで行けるんだ。
さぁ、自転車に乗ってどこへ行こう。
君の奏でる音楽
君が奏でる音楽は、本当に綺麗で。
音楽なんてよく分からなかったあたしも、君の音楽は好きなんだ。
奏でられなくなって苦しむ君を見るのは、あたしだって辛かったよ。
君の支えになりたくて。君に音楽を奏でる希望を忘れないでほしくて。
君に、好いてほしくて。
あたし、頑張ったよ。
人間をやめて、友達も傷つけて。それでも、戦ったよ。
それなのに…。どうして運命って、こんなに残酷なの?
魔法少女まどか☆マギカより、美樹さやかちゃんによせて