鶴づれ

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夜の海


 夜の生ぬるい風が僕の髪を撫でる。
 手に持った懐中電灯は、砂混じりのアスファルトをぼうっと照らす。
 彼女と二人暮らしのアパートから歩いて十分。波の音だけが響く防波堤の上に、懐中電灯で照らされて細い影が伸びている。

「やっぱり、ここにいた」
 僕がそう声に出すと、影はくるりとこちらを向いた。彼女だ。
「あはは。迎えに来てくれたの?」
 彼女は妙にあっけらかんとした、下手くそな笑みを浮かべる。自分を取り繕う嘘が上手な彼女の、最後の砦。
「そりゃあ、今、十時だよ?さすがに心配だって」
「…別に、私だって社会人なんだから。気にしなくてもいいのに…」
 彼女の下手な笑顔すら消えかかる。

 防波堤に立つ彼女に、空いている左手を差し出した。
「僕は彼氏なんだから。気にしたっていいでしょう?」
 帰ろう、とも、話して、とも言わずに、彼女を見上げ続ける。
「…もぅ」
 やがて、彼女の右手が僕の左手に重なった。
 ぴょんと、防波堤から飛び降りる。
「別に、死んじゃおうとしたわけじゃないんだよ…?」

 距離が縮まると、彼女の目に涙が溜まっているのが見えた。今にも溢れそうだけど、必死にせき止めて流れない。
「大丈夫、知ってるよ」
 傷つけないよう、そっと彼女を抱きしめる。
 彼女の嗚咽が、波の音に溶けていった。

8/15/2023, 1:46:57 PM