#愛情
私は昔から他人に興味を持つことが出来ないタチであった。なので恋人と言葉を交わしている最中、ふとした瞬間に興ざめする。"愛している"などといった歯の浮くような表現には軽蔑の念さえ感じる程である。
このように、私は実際に行う行為と自分の心情との乖離が凄まじい。そのような状態で、何故恋人と関係を続けているのか。
……。
とどのつまりは、私は恋する自分に酔いしれているのであった。人間らしい営みに憧れ、その体裁を上手に取り繕っている自分が誇らしくて堪らないのである。 なんと浅ましいのだろう。
しかし、しかし一言だけ言わせて欲しい。
これこそが人間らしさであり"愛情"では無いのかと。漫画に出てくるような純粋無垢で合理的な恋などはこの世に一切存在しない。あれはただの世間知らずの坊ちゃん達の物語であり、平々凡々な日々を送る私たちとは似ても似つかない、別次元の話である。
だからこそ、こういった我欲 故の行為は非常に非合理的だが、愛おしい。黒に染まりきらないその自己中心的かつ曖昧な"汚らしさ"を堪能することこそが、恋愛における醍醐味だと感じるのは私だけだろうか。
#落ちていく
机の上に広げられたノートには、漢字がびっしりと書かれている。これは来年行われる漢検2級に向けて勉強していたからだ。といっても取り組み始めたのは今日からなのだが。
そして目線を右側に移すと、漢検の問題集が閉じた状態で置かれており、その左横にはシャーペンと赤ペンが置かれている。この時点であることに気がついた人がいるかも分からないが、私は左利きである。なので問題集とペンの位置が右利きの人と逆なのである。
#子猫
朝起きると、少し離れたソファーで子猫が気持ちよさそうに眠っている。 私は欠伸をしながらベットを降り、子猫を起こさぬようなるべく静かにカーテーンを開けた。ふわっと柔らかな日光が部屋いっぱいに広がり、身体に当たる暖かい日差しと少し寒い空気感から朝が来たことを改めて実感する(を全身でかみ締める)。
大きく空気を吸い(ってから)、子猫を見た(一瞥した)。 子猫はピクっと片耳を動かしたかと思うと、目をぎゅっとつむり、肉球を手一杯広げて顔をごしごしと擦り始めた。 起きるのかと思ったが、まだ眠るらしい。
愛しいこの子の頭を撫でてから、私は朝の支度を始めた。
#行かないで
懶げな表情を浮かべ、裾を強く握りしめる。言葉が喉元で突っかかってしまい、先立つ吐息のみが漏れる。焦りと不安が身体中に広がり、心臓がぎゅっと締め付けられたように痛い。そんな私の態度に愛想を尽かしたのだろう、貴方は私を一瞥した後、背を向け歩き始めた。鼓動が高まりじんわりと汗がひたいを伝ってゆく。手は死人のように冷たい。
「行かないで」
その5文字を言えないまま。
懶げ(ものうげ)…心が晴れないように見えるさま。 気分が重そうなさま。
涼しい風が頬をすり抜けてゆく。空をゆっくりと流れていく雲はほんのり紫がかっており、間もなく黄昏時が来ることを示唆している。日が傾き、太陽が傾く様子をじっと見つめているうちに、私は何となく寂しい気持ちになった。からすの声がどこからともなく聞こえ、今日という日が終わることをしみじみと、明確に感ぜさせられた。
そんな感傷に浸っているや否や、私はふと後ろを振り返る。自分の影が遠くまで伸び先程の景色とは反対に、視界いっぱいに建物の影が広がっている。視線を上にあげると、境界線に目が止まった。空と建物とを分けるその境目が、私をなんだか不思議な気持ちにさせた。ずっと続くその景色に私は目を奪われたままだった。