ひのね

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11/19/2024, 2:24:30 PM

#キャンドル
マグカップを両手で包みこみ、甘い煙がぽかぽかのぼってゆくのを眺める。
目線を下に向けると膝の上で愛猫がゴロゴロと喉を鳴らしている。愛おしくて、私は思わずそのふくふくの愛猫の顔に手をうずめた。この子は元々野良猫で、ある日うっかりうちに迷い込んで来た。誰かの飼い猫という訳でもなかったので、晴れてうちの子となったのである。
愛猫は撫でられているうちにとろとろと溶け、段々と体の輪郭が曖昧になり、ついに液体となった。私は慣れた手つきで猫をふわっと上に舞い上げ、猫もまた慣れたようにそのままふよふよ浮かんで私の顔の周りをぐるぐると回る。
しばらく漂うのを見届けたあと、私は目を見つめながら「お願い」と優しく微笑んだ。すると猫は私の目の前で止まり、目の前にあるキャンドルへと向かっていく。
ぽっ。と音が鳴って暖かい炎が灯った。

11/14/2024, 11:37:15 AM

#秋風
朝、学校へ向かう道中。ゆるやかな風が私の髪を通り抜けてゆく。私は小さな頃からくせっ毛で、風が吹く度にその細かな縮れた毛がふわふわと波打つ。夏よりちょっぴり湿度を含んだその風を肌で感じる度、もう秋が来たんだなぁとしみじみ感じる。
ふと、鼻に吸い寄せられる金木犀の匂い。辺りを見回すと、そっか、この香りは近所の田中さんの家から来たんだ。
すうっとその香りを肺いっぱいにそ吸い込む。フローラルな甘い匂い。秋風がこの香りを運んできてくれたんだね。秋の風は秋の訪れと共に、私を幸福へと誘ってくれる。

豆知識なのですが、金木犀は中国原産で自ら生えてくることはないそう。だから、田中さんの家のだれかが金木犀を植えようとしなければ私がこの甘い香りを嗅ぐことも出来なかったのです。

11/14/2024, 5:17:08 AM

#また会いましょう
少女の透き通った柔肌が、君とはまるで真逆である鮮やかな青色の病院服に馴染んでいるのは、僕は少しおかしな気がした。
山峡の地に生まれ、まだ海を見た事がない君へ。
僕は日に焼けた麦わら帽を脱ぐのも忘れて君の元にかけてゆく。
視界いっぱいに広がる海の大きさを、僕は両手を力いっぱいに広げて表現する。
君に伝わっているだろうかと期待と不安の狭間で揺れる。どうか君に伝わっていますように。
君の町には夏休みの期間しかいられないけれど、時間の許す限り君のもとへ参ります。
また会いましょう。
そしていつか必ず海を見に行きましょう。
海が今すぐ見たいと君が泣くのなら、僕は君のもとへ海水をバケツいっぱいに汲んでゆきます。
また、会いましょう。

(これは寺山修司の「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手を広げていたり」という短歌を元に書いた作品である。この短歌は山峡に生まれて昔から体が弱く海を見たことがなかった少女に、海辺の街で育ったわれが海の大きさについて語っているという歌である。)

11/13/2024, 7:51:22 AM

#スリル
道を歩いていてふと道路の白線が目に映る。その両端がギザギザ模様になっているのを見て、長年この街の車、人、雨、その重さ全てを受け止めてきたんだなぁと私は思った。
ふいに、ぱっと白線に飛び乗る。
奈落の底に落ちぬように、前を見据えて1歩1歩、歩を進める。地面の感触を味わうかの如く、指の関節に力を込める。
手の中にじんわりと緊張の汗が滲む。
車が通る。近くの犬が何かを察知したように騒ぐ騒ぐ。

1歩、また1歩。

私は歩を進め、






あっ!




奈落の底に落ちていく、




はぁっと大きく息を吐き、汗でぐちゃぐちゃな手を見つめ、私は震えるように笑った。


("スリル"という言葉を使用せずに日常の中に潜むささやかなスリルを味わう女の子の文章を書きたかった。)

9/16/2024, 1:31:46 PM

#空が泣く
遂に親友と縁を切った。親友は素敵なとても人だった。私が咎めた行いを、間違ってなかったと思う。と胸を張って言えるような子だった。容姿が綺麗なだけでなく、日々人間性も磨いていて、誰から見ても素敵で沢山人々から慕われていた。
その子と私は縁を切った。
罪悪感はあった。自己肯定感も一時下がった。しかし後悔はしていない。
これからの人生で付き合っていくべきではないという私の判断は、きっと正しいものだと思うから。
空が泣いている。けれど私は前を向く。
大切な人と決別して、新しい道を歩んでいく。

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