バトルフィールド
夢とも現実とも呼べる場所。
―遠くで連発する銃声がした。
それは人が人を殺す音。
それは人が死んでいく音。
それは人が物になっていく音。
人は死んだら物になる。死体というただの肉の塊になり、それは単なる物質に他ならない。
つい先ほど、M4自動小銃で、旧ソ連製の対戦車地雷を抱えて物陰に潜むイラクの少年を、私は射殺した。そこに悪意はなかった。あるのは、合衆国への愛国心と使命感、政治的なイデオローグだけだった。パチパチと民家に火柱が立ち、夜空をほのかに照らすのは紛れもない戦火。
その場所は死が満ちていた。
しかし、司令部のモニターに表示されるのは座標だけで、そこに痛みや死は存在しない。ましてや、私は痛みすらも強靭な精神が上手にコントロールしてくれる。私は死ぬのは怖くなかった。もしも今、私がどこからか狙撃されて脳漿をぶちまけながら倒れたとしても、恐怖や後悔といった感情はない。私はある意味で死を望んでいたのかもしれない。そうすれば、私は殺戮兵器と化した自分から解放されるような気がしたからだ。
一人でも多くの敵を殺す。仲間が殺される前に、敵を殺す。例え敵が女子供でも関係ない。合衆国を脅威にさらすテロリスト集団は殺して、殺して、殺し尽くす。私はマリーンズに入ってから、そう洗脳させられた。いや、これは洗脳なんかじゃない。洗礼なのだ。私がか弱い存在からここまでの殺意に満ちた兵器と化したのは、新しく生まれ変わるためだったのだ。
私には妹がいる。大学生で名前はキャシー。素行が良く、地元のテニスクラブに所属している。彼女はまっとうな平和主義者だ。彼女は両親の遺体以外、死体を見たことがない、心もいたってクリーンな女性だ。私の手は血にまみれている。あまりにも多くの死を見てきた。しかし、涙すら出ない。私は戦場でしか居場所を見つけられなくなってしまった。
だから、戦争が終わって国に帰った今、途方に暮れている。機会があれば、またすぐにでもイラクに行きたいと思うし、もっと別の戦場でも構わない。キャシーは泣いて私を抱き締めたが、私のぽっかりと空いた穴を塞ぐことはできそうにない。
テル・ミー
教えてくれ
俺に教えてくれないか?
壮大なヨハネの黙示録より
退屈な大学の講義より
本当の愛というものを教えて欲しいんだ
教えてくれ
本当のお前を教えてくれないか?
お前はこの世界の住人じゃないんだろう?
お前は別の場所からやって来たんだろう?
なあ、お前というものを教えてくれよ
ああ、そうか
今分かった気がするよ
俺の魂は屋根裏のどこかにしまっていたんだ
お前のおかげで思い出した
お前は特別な物質なんだったんだな
俺はいつか飛んでいきたいんだ
だからもっとお前の世界を教えて欲しい
タバコの煙のように消えちまう前に
その小さな炎をずっと
燃やし続けておいてくれ
俺はお前が好きなんだ
バレー・オブ・ザ・キングス
君は僕に嘘をついてもいい
僕は君に嘘はつかないから
君は僕を傷つけてもいい
僕は君を傷つけないから
君は青空
僕は星空
州法の掟を守るなら、銃を懐に忍ばせたっていい
大地が僕を呑み込んでも、君が無事ならいい
それでいいんだ
それならいいんだ、君さえ笑っていられるなら
泣くのは僕だけでいいんだよ
ベツレヘムの夢を見たんだ
神が降りてきて僕にこう言ったんだよ
『彼女の全てを許しなさい』と
だから、僕はもう君を恨まない
二度と傷つけないと決めたんだ
遠い地球の裏側にある砂漠のオアシス
ビートルズのベストアルバム
死者の国の王家の谷
僕はもう君を忘れるよ
だから君も早く僕を忘れて
胸のドアをノックしないでくれ
そこにはもう、僕は居ないのだから
オブリビオン(マイ・フレンズ)
早朝から私のアパートの扉をノックする人がいる。
私はボサボサの頭とパジャマ姿で扉を開ける。
そこに居たのは、友達。
懐かしい制服。
懐かしいメンバー。
懐かしくて愛おしい人々。
そこは私の大嫌いな世界じゃなかった。
そこにはかつて私の大好きな世界があった。
今ではもう遠い過去になってしまった場所。
懐かしい友人たちに囲まれる私がいる。
教室、カフェテリア、部室。
友人の一人が私の手を取り、連れ出してくれる。
ここは現実じゃないのね。
だって貴方たちが居るはずないもの。
卒業してから、バラバラになったじゃない。
きっと私は狂っているのね。
でも、今は貴方たちと居たい。
この馬鹿げた幻想の中で揺れていたいから。
私は孤独から抜け出したくて、ずっと待ってた。
忘却の彼方へと消えてしまう前に。
私は生まれ変わりたい。
またもう一度、私の友達でいてくれるのね?
ううん、ずっと友達だったんだよね?
やり直せるよね、今からでも、遅くないよね?
どこにも書けないこと
もう、何も書きたくない。
書くことに理由を見つけられない。
俺は今まで詩や短編を書いてきたが、それに何の意味があるのだろうか?
結局自己満足に他ならないのではないか?
もう、嫌だ。
消えてしまいたい。
俺の居場所なんてどこにもないのだから。
苦しいのは嫌だ。
眠るように、安らかに消えてしまえたら、どんなに幸せだろう?
子供もいらない。
未来もいらない。
どこか遠くへ行って、そこで死んだように誰にも見つからずに暮らせたらそれでいいのに。