ハンティング・ゲーム
学校の屋上で、私は楽器ケースを肩に背負い、一人ぽつんと立っていた。眼下のグラウンドからは、昼休みではしゃいでまわる生徒の賑やかな声が聞こえてくるのを他所に、私は安全柵に寄りかかって所定の時刻になるまで、『ライ麦畑でつかまえて』を読んだ。
時計を見る。時間だ。
本を閉じ、空を見上げた。
天気は晴れ時々曇り。今は少し曇っているけど、太陽はうっすら顔を覗かせている。
「天国への階段」とも言われる、雲の隙間から射し込む光が綺麗だった。カメラがあれば写真を撮っても良かったかもしれない。もっとも、私はそんな気分じゃなかったが。
私は楽器ケースから、22口径のスポーツ用シューティングライフルの部品を取り出し、器用に組み立てて、スコープを覗いた。続いて、弾が装填された弾倉を取り出し、銃にセットすると、ボルト・リリース・レバーを引いて準備完了。後は引き金を引くだけで自動的に薬莢の排出と次弾の装填を行ってくれる。
昼休みの終わりを告げるチャイムと同時に、私はグラウンドに向けて発砲を開始した。あくまでも殺さないように、いじめの主犯とその取り巻き達の足や腕を狙撃していく。ゲーム感覚で他人を傷つける自分が心底面白かった。ただ、夢中で撃ちまくっていたら、警報が鳴り響いた。
私は舌打ちをした。弾ももうほとんど残っていない。スコープを外してグラウンドを見渡すと、何人も血を流して蠢いていた。まるで、死にかけたゴキブリみたい。
すると、屋上の扉を破壊する音が聞こえた。慌ててそちらを見ると、防弾の盾を持った職員が私を取り押さえにやってきた。
私は、「遅いよ~」と彼らに向かって叫ぶと、銃を投げつけ、安全柵を飛び越え、真っ逆さまに急降下していった。
クリスマスイブ
その日の朝も憂鬱だった。いや、むしろ憂鬱じゃない朝なんてほとんどない。だって、僕が毎晩見る夢はたいていひどく淫らで、ひどく汚ならしいものだからね。わかるだろ? そういう夢は思春期という病気を拗らせた助平な子供が見るようなものなんだ。僕はもう二十歳なんだから、参っちゃうね。
今日はクリスマスイブだ。まだ欧州の戦争は終わってないみたいで、「クリスマス迄に終わる戦争」も泥沼化していることは無学な僕にも分かった。僕はずるい人間でね、愛国心なんて微塵もないんだ。帝国が勝とうが、共和国が勝とうが、支配者と世界地図が変わるだけ。そんなことを考えていたんだな。それにしても本当に寒い。こんなに寒い日は肺に負担がかかりそうだよ。僕は生まれつき肺が悪かったから、徴兵検査で不合格だったんだ。家族からは疎まれたけど、僕は内心嬉しかったね。まあ、独り暮らしというのがまた良かった。大学受験のためだとかなんとか言ってのしのぎさ。
僕はどれ、戦時下の街を歩いてみるかと、着替えて、トレンチコートを着てアパートの外に出たんだ。僕はめったに外に出ないものだからね。その時、コートの内ポケットが重たいことに気付き、探ってみると、ブローニングの38口径の自動拳銃があったんだ。僕はそれをアパートに置いてくるべきだった。だけど、僕はそのまま修道院の近くにある有名なレストランへ朝食を食べに行った。もう寒いのなんの、腹もペコペコだの、とにかく早く店の中へ入りたかったんだ。
暖かい店に入り、僕はコーヒーと軽食を注文し、待っている間タバコを吸っていた。クリスマスイブにも関わらず、街は死んだように静かなんだな。男連中は皆戦場に行ってしまったからだろう。だからか、店の中も老人や若い女ばかりで、男は僕と気違いみたいにパンにかぶり付いている浮浪者のような男だけなんだ。いや気が滅入ったもんさね、若い女らは僕を見るなりこそこそと耳打ちしてやがんだ。
しばらくすると、コーヒーと料理が出てきた。ウェイターはどうも東洋系の顔立ちの細い男だ。僕は彼にチップを渡すと、食事にありついた。
朝食を食べ終わり、店を出たところで、僕は二人の警官に取り押さえられた。何しやがるんだいと騒ぐと、僕のコートから一人が拳銃を取ろうとしたんだな。僕はそれを取られまいと抵抗してると、死んだ街に乾いた銃声が轟いた。僕の胸はみるみる真っ赤に染まった。銃が暴発したのだと気付く頃にはもう意識は遠くなっていった。
僕はまだ死にたくはなかった。だから、戦場には行きたくなかったのに。
とんだクリスマスプレゼントだよ。コートはサンタクロースみたいに真っ赤になって、僕は憂鬱なクリスマスイブの朝、死んだのさ。
ギブアップ
『頑張って』は聞き飽きた
『頑張ったな』と言ってくれ
嘘でもいいんだ
混沌の濁流に流されちまいそうだ
俺には逃げ道がない
もうお手上げなんだよ
頑張ったんだ、これでも
プリーズ・プリーズ
俺の過去はゴミの中に埋もれている
砂浜は無数のゴミが打ち上げられている
そこに俺の過去もあるんだ
そっとしておいてやってくれよ
ソイツは酷く疲れきっちまったんだ
曇り空の下、工場の汚染水で輝く海
こんな未来は見たくないんだ
こんな未来は望んでいない
俺はただ自由を望んだだけだ
それなのにこの有り様はなんだ?
笑えてくるぜ
腹一杯笑ってくれ
それこそ気違いみたいに
とんだ笑い話なんだ
それとも俺のおべんちゃらに付き合ってくれるか?
本当の意味で俺はどこかおかしいんだ
頭のネジがいくつか取れちまってるんだ
だけど泣きたくなってくるぜ
この黒い海とゴミの砂浜を見てるとよ
でもこれは罰なんだ
そう、これは罰なんだ
抗えない罰さ
終わりのない、無限に続くような
ほら、笑えてくるだろう?
お前なんて大嫌いだ
お前なんか
お前なんて
お前なんか
頼むよ、お願いさ
エリア
俺は何かに変わっていく
それは決して憎悪じゃない
それだけははっきり分かるんだ
なぜかは知らないけどね
回転木馬に跨がっている
そんなことに何の意味があるのか
考え出したってきりがない
一体誰に祈っているのだろう?
一体誰がラジオをつけたのだろう?
一体誰にそそのかされたのだろう?
ここは俺の居場所じゃない
ここは俺の居るべき世界じゃない
ここは神聖な領域なのだから
お前は自分のことを出来損ないだと言った
それは決して諦めじゃない
それだけははっきり分かるんだ
なぜなのかは分からない
濁りきった貯水池の水面を見てる
そんなことに何の意味があるのか
考え出したって意味がない
一体誰に命令されたのだろう?
一体誰がお前をそうさせたのだろう?
一体誰のせいで俺はお前を好きになったのだろう?
ここはお前のための世界
ここはお前が生きるべき、理想郷
ここは神聖な領域なんだ
だから、俺は今夜にでもここから出ていく
お前のことはもう忘れることにした
全てを諦めた
全てを
全てを
持てるもの全てを手放したんだぜ