「え、結婚式……ですか?」
国語のワークを解き終えて休憩の体勢に入った私に、先生が意外な話題を振ってきた。
「そう。半年後にやるんだけど」
先生は驚く私の顔に目もくれず、丸つけを始めた。
私の心はどす黒いモヤで埋め尽くされた。先生が、結婚する。私じゃない、他の人と。
いや、わかっていたはずじゃないか。私と先生では歳が違いすぎる。
私が大人になるまで、先生は待ってくれないだろうことくらい。
わかっていた。
最初から決まってたのだ。
「それで、どうする?君も来ますか」
残酷なことを聞く。私から先生を奪っていく人の幸せを願えと言うのか。
「えっ、と……私は」
私が煮え切らない返事をしたからか、先生は添削の手を止めてこちらを見た。
「おや、君なら興味津々でついてくるかと思ってました」
「そ、そうですか?」
「フフフ、君は積極性の塊だから。まぁでも、興味わかなくて当然か。知らない人の結婚式なんてね」
え?
「……知らない人??」
「ええ、大学の友人の〇〇くんと△△さん。知らないでしょう?」
その時、私の心に一筋の光が射し込んだ。
「話したことなかったよね?」
固まった私を不思議そうに見つめる先生は、今日も美しい。
「はい……ないです。知らない人です!!!」
「ど、どうしました!?急に大声出して」
「いえ、何でもありません♪」
私は勢い良く机に向き直り、意気揚々と、いちばん苦手な算数のワークを開いた。
今ならどんな難問だって解ける気がする。
つり上がった口角が天井にまで届きそうなのを抑えようと、私は鉛筆を強く握った。
そんな「私」を見て、「先生」はそっと微笑んだ。
テーマ「最初から決まってた」
リーンゴーン
リーンゴーン
帰り道、教会の鐘が聞こえてきた。どうやら結婚式が行われているらしい。
私は急く足を止めて、しばし聴き入った。
あの人は私のウェディングドレスを気に入ってくれるだろうか。それとも、白無垢派?
なんてことを考えてしまって、恥ずかしくなる。なにせまだお付き合いすらできていない相手だ。
私は早くあの人に会いたくてたまらなくなって、再び走り始めた。
今日は委員会の仕事で帰るのが遅くなると伝えたら、待っていると言ってくれた。
「ただいま!」
普段より大きな声で帰宅を告げると、奥からあの人が顔を出す。
「おかえりなさい。一息ついたら始めましょうか」
「はい!」
今日は家庭教師の日。
先生に会える日。
私は授業の準備をしながら、高鳴る胸をおさえて、あの鐘の音を思い出していた。
テーマ「鐘の音」
学校はつまらない。
先生が背中を向けた隙をつき、開いた教科書の上に顎を乗せて、青い空を見る。
私は勉強が嫌いだ。
こんなに良い天気の日に、なぜ教室に閉じ込められてつまらない時間を過ごさなくてはいけないのか。
本当につまらない。
家でもつまらない。
先生の穏やかな声が、私の左耳から侵入して心臓に届き、太鼓のように打ち鳴らす。
握りしめた鉛筆が汗ですべる。
私は汗が嫌いだ。
こんなに涼しい室内で、なぜこんなに汗だくにならなくてはいけないのか。
私が問題に集中できていないことに気づいた先生が、持っていた指導用の教材を私の頭にポンと乗せる。
「私の授業はつまらないですか?」
「い、いえ……」
私は嘘が嫌いだ。
「怒ってるわけじゃありません。正直に言っていいんですよ」
「先生の授業は、わかりやすいし、おもしろいです」
先生は微笑んで、「少し早いけど休憩にしようか」と言ってのびをした。
先生が離れると、うるさかった心臓が少し静かになる。
なのにちっとも嬉しくない。
非常につまらない。
私はおやつをとりに行った先生の背中を未練がましく見つめた。
テーマ「つまらないことでも」