袖から覗くその白く細い腕に手を伸ばして。
伝う汗のひとつひとつに舌を這わせて。
吸い付くような軟い肌に幾つも赤い花を咲かせて。
他の誰にも見せられないような、僕の独占欲に塗れた君にしたいと喉を鳴らしてしまうのは。
きっと夏の暑さに浮かされたせい。
喩え死後に逝き着く先が、天国だろうと地獄だろうと。
現世に生きる今だけが全て。
ずっと、降り止まなければ良い。
鼻を突く雨の匂い。吸う息は湿気で重苦しい。顔に髪が張り付く。服が水を吸って重くなる。肌を伝い、生ぬるくなった雨特有の不快感に全身を包まれる。
それでも、足取りは決して重くない。
世界を満たす雨音は心地良く、耳障りなものを消し去ってくれる。視界を暈かし、見たくないものを遮ってくれる。
私の声は届かなくて良い。
雨音が消し去ってくれるから。
私の傷に誰も気付かなくて良い。
血も涙も、雨が流し去ってくれるから。
私の醜悪な心に、誰も気付かなければ良い。
流し落とせない私の醜さを覆い隠す為に、ずっと雨が止まなければ良い。
例えば、優しい人になりたい?
例えば、賢い人になりたい?
例えば、見目麗しい人になりたい?
例え話をを並べ立てて、コラージュした理想像はまるで別々のピースを無理矢理組み上げて作ったパズルのようだ。
遠目で見れば、それは理想を描いた肖像画かも知れない。
けれど近くで見てしまえば、それはひとつひとつは意味を持たない歪な何かなのかも知れない。
どれだけ歪になっても、貴方の思う理想の僕でいたいと己を律する反面。
貴方の本心に触れるのが怖くて、決して僕の理想の貴方を崩して欲しくないと願うのは、
美しい肖像に囚われた僕の、自分勝手なエゴなのだろうか。
明日突然、君に会えなくなったとして。
きっと僕は、大して変わることもなく生きていけるのだろう。
世界はどれだけ広くても有限で、僕らはその中で一度でも縁が交わったのだから。
何処かでまたいずれ交わることもあるかも知れないと、君が居なくても立てる僕は楽観するのだろう。
明日突然、君が死んだとして。
きっと僕は、大して変わることもなく生きていけるのだろう。
君という大きな欠落を埋められないまま、君の居ない世界を生きていくのだろう。