エイプリルフール
エイプリルフールだったらいいなと思うことがある。
しかし、悲しいかな、現実だ。
後悔して、やり直すことができるなら、そうしたい。
例え、それが間違ってないとしても。
そんなふうに考えるのはおかしい。
ただ、そう仕向ける人は気が付かない。
悲しい人だ。
そのまま気が付かず、生きてください。
後悔などせずに。そのままの貴方でいてください。
幸せに
家には、10歳の老犬がいる。
見た目は子犬だが、人間なら還暦ぐらい。
子供がいない我が家では、欠かせない存在で、
その子から親心や子供を心配する親の悲しみとかを
教えてもらった。
昨秋、友達と2泊3日の旅行に行った際、その子を
知り合いに預かってもらった。
私たち以上に可愛がってもらったが、その子の
精神に支障をきたし、痩せ細ってしまった。
その際、その子の弱さと親の無責任を思い知った。
もう、そんなことはしない。申し訳ない。
そんなに私たちが必要だったとは。
あと何年生きてくれるかは、その子の運命だが、
それまでは、どうか幸せに生きてほしい。
ずっとそばにいるから。
もう離れないから。
何気ないふり
何気ないふりで、見守ってほしい。
誰でも望むことではないだろうか?
自分のやりたいことを、やりたいようにする。
こんな幸せはないが、不安もある。
その方向性、進捗具合、達成の見込み。
それでも、強い気持ちで目標に邁進する。
何気ないふりで、見守ってくれているのだから。
ハッピーエンド
昔から、好きな映画はバッドエンドだった。
衝撃的なラストが印象的だったからだろう。
「カッコーの巣の上で」なんかは典型的だ
ジャックニコルソンの怪演が印象的だ。
このラストシーンを見るために、2時間も映画館にいたのかという想いだった。
けれど、心には重く存在し続けていた。
ハッピーエンドな映画は覚えていない。
観たときは、楽しかっただろうが、印象的ではない。
満足して帰っただろうが、忘れている。
自分の人生は、ハッピーエンドでありたい。
結果を忘れても、幸せに幕を下ろせるなら。
そうありたい。
見つめられると
見つめられると、どうしたらいいのか考える。
大それたことが言いたいのか?
致命的な行動を攻めたいのか?
意味もなく見つめているのか?
どう対応しようか考える自分がいる。
仕方なく、余裕たっぷりで待機する。
大したことなく、意味もなく終わり、安堵する。
女とは、怖い生き物である。