その瞳が欲しい。
ふと欲しいものを尋ねてきた彼に、うっかり本音が漏れてしまった。
「いやごめん、ま、間違えた。忘れて。」
横並びで歩いていたが、恥ずかしくなって彼を追い越す。
…あなたの瞳が欲しい。熱のこもった視線で見つめられたい。視界を独り占めしたい。本当はずっとそう、想っている。
でも、彼がこれに気づいたら怖がられないか気が気じゃなくて、伝えられずにいた。長い間隠してきた、なのに。
彼は見逃がしてくれないようだ。
『先輩待って。僕は誕生日プレゼント聞いてるんですから、遠慮しないで言ってください』
「違うんだ、遠慮とかじゃなくて……」
彼は、俯いてもごもご言う私の手を引き留めたまま話し続ける。
『…そんな真っ赤になるほど欲しかったものって、なんですか?』
恐る恐る顔を上げる。そこには、私が手に入れたいと願って止まない熱視線があった。
『欲しいもの』
視線の先には、鮮明な赤。
なんだ、なにが起きた。1分前が思い出せない。
窓に映った私は何故赤に塗れているのか。
「はっ、はぁっ、ひゅ、」
ふと、荒く短い息が聞こえる。誰かが過呼吸を起こしている。
周囲に人の気配は無いが、やけに音が近い。ともかく助けなければと、ぼんやりとした頭で思う。
…雷鳴が轟き、ハッとする。息苦しさに気づく。過呼吸は自分だ。手足が痺れている。
身体に力が入らず、その場にうずくまった。
あぁ、でも、思考の靄は晴れてきた。
私は一家惨殺を図った殺人者。今ただひとりを残して、作業を終えたところ。そして、残ったひとり、彼が私の元に辿り着くのを待っている。
これは、いつも見る夢。
彼への恋を自覚した日を境に、見るようになった。
この想いが成就しなくても、彼の記憶に深く残りたい。たとえそれが最悪な形だとしても。無意識のうちに、そう考えているのかもしれない。
5分後私は、最愛の彼にとどめを刺される。
『視線の先には』
私だけ、特別。
思い出すと顔が火照る。あの日、真っ直ぐな目に射抜かれた瞬間。初めて恋に落とされた。
『特別』