ショリショリショリショリ。
俺は大きな梨を全て剥いてツルツルにして、横から輪切りにする。
お皿に適当に乗せてから恋人の元へ持っていく。
「はーい、どうぞー」
「わ、ありがとう……ございますぅ?」
大きい目をさらに大きくして、俺が剥いた梨を凝視する。
まあ、一般的の切り方じゃないからね。
「食べてみて」
彼女は不思議そうな顔をするけれど、俺が切った梨をつまんで、端から口に含む。
直ぐに瞳がキラキラと輝いて、ふたくち目からハムスターやリスのように素早くシャクシャクと食べ始めた。
「ほひひぃへふ!!」
「ちゃんと食べてから言って。よーく噛むんだよ」
輝いた瞳のまま、彼女は〝はーい〟と言わんばかりに片手を垂直に上げる。
もぐもぐとしっかり噛んで、ごっくんっと飲み込む音が聞こえた。
「オイシイです!!」
「でしょー?」
不思議そうな目をしながら梨を取り、口に含んでまた目を輝かせる。
嬉しそうに頬をいっぱいにするから、ついもっと食べさせたくなっちゃうんだよね。
俺が食べる前に一気に減っていく梨に気がついた彼女は、眉間に皺を寄せながら俺に梨を向ける。
「私いっぱい食べました、食べてください」
食べたいのを我慢しているのが分かりすぎる。それでも俺にも食べて欲しいって、自分は我慢しているのが本当に可愛い。
食べている姿が好きだから気にしなくてもいいんだけどね。
俺は台所から梨とナイフを持ってきて、また剥き始める。
「あーん」
彼女はひとつつまんで、俺に向けた。
口を開けて梨を口に含む。でも大きいからこぼれそうになるけれど、残りは彼女が待ってくれた。
うん、甘い。
この切り方。普通の切り方より甘さが増すし、無駄なく食べられるから好きなんだよね。
種の部分もギリギリまで食べられるから、結構お腹いっぱいになるんだ。
彼女にとっては別腹っぽいけれど。
俺が梨を剥いている間、彼女は食べさせてくれつつ、自分もしっかりつまんでいた。
すっかり気に入ったみたいで嬉しくなる。
そうして、梨は俺たちの流行りになった。
おわり
五一六、梨
風と共に愛しい彼女の歌声が聴こえる。
歌詞が分からないのか、鼻声でラララと唄う。それには寂しさを含んでいた。
出会いがあれば別れも当然ある。
俺なんかは医者を生業としている以上、別れなんて身近だ。
でも、俺の恋人は〝別れ〟を受け入れるのに時間がかかる。別れは彼女の心をえぐってしまうから、俺は彼女のそばにいるしかできない。
でも彼女の気持ちも分かるんだよね。
俺の場合は、それこそ彼女を喪うなんて絶対に耐えられそうにない。
今の俺にとって一番大事な生命は彼女と自分自身だ。
俺の立場じゃ、生命に優劣をつけちゃいけないのは分かってる。それでも俺が俺であるために譲れないものだ。
歌声に誘われて彼女の隣に座る。
別れは寂しいよ。だからこそ、俺はそばに居るね。
おわり
五一五、LaLaLa GoodBye
「ただいまぁ!!」
「おかえりなさいー!!」
家に帰ると恋人が玄関に来て俺に飛びついてくれた。柔らかい温もりが嬉しくて彼女を抱きしめる。
迷いもなくギューッと強く抱き締めてくれるのが嬉しい。
毎日同じようなことをしているけれど、癒されるからやめられそうにない。
彼女からマイナスイオン出てるんかな。
花が咲いたような笑顔を向けてくれる。
俺は嬉しくて胸が暖かくなった。
こんな普通な時間がどこまで続けばいいな。
おわり
五一四、どこまでも
今日のデートはドライブデート。
彼女と楽しく話しながら、俺が運転している。
急いで救急患者に向かう時だけじゃなく、その場所を把握するためにこの都市の道を把握したい。
知らない交差点や知らない場所を少しでも減らしたくて時々休みの日にドライブをしていた。その練習に彼女が付き合ってくれている。
「どこか行きたい場所ある?」
「うーん。あ、テニスしませんか?」
「オッケー、テニスができるところに向かうね」
「ヤッター!」
軽やかな声が耳に入って俺も嬉しくなる。
頭の中にある地図を考えて、テニスができる場所に車を走らせた。
未知の交差点をひとつでも減らすために。
おわり
五一三、未知の交差点
数日前に、彼女の職場先でもらった一輪のコスモス。
俺たちの家には花瓶がないから、透明のグラスに水を入れて差していた。
俺たちはどちらかと言えば青系が好きなふたりだから、コスモスの色合いは珍しい。
それでも、花が部屋にあるのは心を華やかにさせてくれる。それは彼女も同じだったみたいで、切り花がどうしたら長く咲くのか調べていた。
少しずつ短くなったコスモスはしおれかけていて、少し寂しく感じる。
だから今日は帰りに一輪の花を買って帰ることにした。
――
「ただいま!」
「おかえりなさい!!」
いつものハグをした後に居間に向かうと、コスモスがキリッと背筋を伸ばして色合いが変わっていた。
俺は自然と笑みを浮かべてしまう。
「同じこと、考えてたみたいだね」
そう言いながら彼女の前に一輪のコスモスを差し出した。
おわり
五一二、一輪のコスモス