(題) 夏休み
優しい歌声、朝方に霞がかった目で見た灰色、鳥の囀り。
朝はもう足元まで来ているのに、遠くにまだ月が薄く見える。
バルコニーから見る夏の朝は私に戻ることの出来ない記憶〈もの〉を呼び起こす。
優しい歌声、自転車が通り過ぎる音、灰色から微かに夏の蒼が覗く。
遠くで輝いている儚い何か。
それは誰かの夢か想いか。
私にも淡く叶わなかった夢や想いがあった。
手放したのはいつの日だったかは、この日まで忘れていた。
遠くで輝いている儚く悲しい何か。
迫る足音
遠ざかる足音
視界が開けない僕はただただ立ち尽くす
暗い、暗い、途方もなく暗い
遠くの空は今日も雨が降る。ところによっては雷が落ちている。
遠くの宇宙〈そら〉は見て見ぬふりして時が過ぎるのをまっている。
助けて、助けて、助けてと乞う声が聞こえても耳を塞ぐ。手を差し伸べる事さえしない。
飛び火が怖いから、生きることが精一杯だから何もしない。
前の人が倒れても、助けない。
けど、ある男は立ち止まって手を差し伸べる。
可笑しい。偽善者。道行く人は軽蔑に満ちた眼差しを男に向ける。だが、男はどこ吹く風で倒れた人物を助けた。
小さな変化をみただけで、感じただけで、人はそれを否定する。この空の人物達は特に敏感に感じる。
男は軽蔑に満ちた眼差しを背に堂々と歩く。
遠くの空は今日も雨が降るけれど、男は前向いて歩いていく。
どれだけ周りとの摩擦を受けても。
窓際に置かれた花瓶に君は赤い薔薇を三輪挿した。
振り向き微笑を浮かべる君に僕は目が離せなかった。懐かしさと君を失った失望感に打ちひしがれてあの日から僕は立ち止まったまま、時間だけが過ぎる。
思い出ばかりが室内に入り浸り、君が育てていた花はもう枯れてしまった。
やさしい思い出なんて僕はいらない、今欲しいのは叶わない願いだけ
窓際に置かれた花瓶に挿した、枯れ色褪せた薔薇を僕はただ見つめていた。