<こっちが聞きたい>(どうすればいいの?)
がたん、ごとん。
「どうすればと思います?」
不意に右隣から投げかけられた声に意識が浮上する。
ここはどこだ?
ああ、そうだった。
部下の後始末を付けていたから…。結局今日も終電に乗る羽目になったんだった。
がたん、ごとん。
右の席に誰かが座っている気配がする。
先程の、独り言にしては不自然なその問いかけに俺は右隣に顔を向けた。
はたして、そこには草臥れたスーツに身を包み、無表情で、目の下に煤が染み付いたような隈を携えた男が、虚な瞳でこちらを見ていた。
もちろん知り合いでは無い。
「ど、どうかされましたか?」
先程まで眠っていたせいだろう。舌が上手く働かない。
「話を、少しで良いので私の話を聞いてくれないでしょうか?」
今にも消えてしまいそうな細い声であった。
いったい誰だ。とか、最寄り駅まで寝させてほしいだとか。そういった様々が頭の中をよぎったが、いかんせん疲れ切った自分の脳は『良い暇つぶし』がやってきたと解釈したらしい。
「自分で良ければお聞きしますよ。」
気づけば言葉が飛び出していた。
「ありがとうございます。
…実は…。」
深刻そうに眉尻を下げながら男が話し始める。
悩み相談だろうか。仕事の事か。男女のもつれ話か。
言葉の続きが気になる。
「実は…ですね。
2日前、部屋にごきぶりが出たのですが…。怖くて退治できず…。そのまま見失ってしまったんです。
部屋に居ると思うと、怖くて眠れなくて。頼れる人も居なくて…。今日で3回目の寝れない夜なのです。
どうすればいいと思いますか?」
「…………。」
「…………。」
「…ごきぶり…。」
「はい、ごきぶりです。」
「…………。別の部屋で寝るとか?。」
「ワンルームなんです。」
悩み相談には違いない。
違いないが…
どうすればいいかなんて、そんなのこっちが聞きたい。
がたん、ごとん。
最寄り駅まであと3駅。
さて、この今にも死にそうな男の悩みを俺は解決できるだろうか。
某製薬会社の殺虫剤を思い浮かべながら、次の打開策を模索する事にしよう。
<宝探しげえむ>(宝物)
『あの人気海賊アニメの劇場版第20作目がもうすぐ全国ロードショウです!
今回はある島に隠された昔の大海賊のお宝を、宿敵達も巻き込んで見つけ出す!という物語です。
今度こそお宝を見つけ出すことはできるでしょうか?
上映が待ち遠しいですね!
次のニュースです。』
何気なく付けたテレビから子供の頃に夢中だったアニメの映画のニュースが聞こえてきた。
もう20作目なのか。
いつになれば宝を見つけだせるんだろう?
今回もきっと見つからないんだろうな。
ふと、アニメを真似してみんなで宝探しゲームをしたあの頃を思い出す。
友達のたかゆきが隠したお宝はすぐに見つけられてしまって、悔しそうに地団駄を踏んでいた姿が少し面白かったなぁ。
でも、ゆきちゃんのお宝は最後まで見つけられなくて、休み時間が終わっても探し続けて、先生に偉く怒られたっけ。
あの時のゆきちゃんのしたり顔は宝物にしたいくらい可愛かったなぁ。
そういえば、ゆきちゃんが隠したお宝はなんだったのか結局分からないままだったな。
今聞いたら教えてくれるかな?
「ねぇ、あの時隠した宝物って何だったんだい?」
美しい白が機嫌良く返事をしてくれる。
「あぁ、そうだったんだね。悔しいな。結局本人に答えを聞く事になるなんてさ。」
僕は小さな宝箱の中に話しかける。
小さな彼女はキラキラと白すぎる肌を輝かせながら、おとなしく箱の中で笑っている。
『次のニュースです。
K県T市に住んでいた当時13歳の清水由紀さんが行方不明になった事件から10年が経過しました。今だに有力な情報はなく………』
僕はテレビの電源を切った。
僕の宝物もまだ誰にも見つかってないよ。
すごいでしょ?ね、ゆきちゃん。
<キャンドルの煙のように> (キャンドル)
ジジッ。
キャンドルが小さく鳴きながらゆらりとゆれ、ふと我に帰る。
背が高かった白い蝋の塊が半分程の大きさに崩れ始めていた。
あぁ、もうそんな時間か。
古びた表紙を静かに閉じ、ティーカップに口を付ける。
すっかり冷め切った紅茶で舌を目覚めさせ、足元でうとうとしていた、温かで小さな生き物にそろそろ寝ようかと声をかけた。
キャンドルと空になったカップを手に立ち上がる。
にゃぁ、と追いかけて来る声を聞きながら、カップを等閑に片付け、ひやりとした廊下に足を進める。
あぁ、明日の予定はどうだっただろうか。そんなことをぼんやり考えながら寝室の扉を開けた。
家主より数歩早く、真っ暗で冷え切った部屋にキャンドルの温もりと小さな影が滑り込む。
にゃっ、と真っ先にベッドに飛び乗った彼は、さっさとベッドを暖めろと言うように、ふさふさの尻尾を振りながら丸まった。
小さく息を吐きベッドに腰を下ろす。
ゆらゆらと揺れる灯りに、今日の疲れを乗せた吐息をかけ、キャンドルの微かな煙を目で追いかける。
ベッドサイドテーブルの上。アンティークな時計の横に、ことり、とキャンドルを置き、冷えた布団に体を預けて、小さな寝息に耳を傾けながら、今日を終わらせた。
明日もこんな夜を過ごせると当たり前のように思っていたのに。
全てが夢だと気付いたのは機械的な電子音と自動で開くカーテンによって差し込む朝日に叩き起こされた時だった。
昨日置いたはずのキャンドルはiPhoneに変わり、温かだった彼は姿を消した。
あぁ、現実に帰ってきてしまった。