一人になりたい。
他人と関わると、どうしようもなく不安になるから。
気を許せると思った人と楽しい時を過ごしても、帰る頃には不安になる。
傷つけてないかな
変じゃなかったかな
嫌われてないかな
そんなことが頭の中をぐるぐるぐるぐる巡り始める。
答えなんてない。そう分かっているのに、一度考え始めたら止まらなくて。
そんなことを考えてしまっている自分も嫌になって。
そうやって、ねばねばした黒い感情が頭に張り付いて離れなくなる。
だから、一人でいたい。
ある日、学校から帰る途中で虹色の不思議な花を見つけた。
赤、青、黄色…とそれぞれの花びらの色が違うんじゃない。
まるで七色の絵の具をパレットに出して、適当に混ぜたような、そんな柄をしていた。
確か、マーブル模様って言うんだっけ?
最初は誰かが色水にでも浸けて、そんな花を作り出したのかとも思ったけど、それは道端に咲くたんぽぽみたいに、アスファルトの上に普通に生えていた。
……もしかしてこれ、新種の花なんじゃ?
そう思って僕は、その花を手折って走って家に持ち帰った。
「お母さん! 見て、この花! 虹色なんだよ!」
僕は乱暴に玄関のドアを開けて、お母さんの元へ駆け寄った。
「虹色の花? ……お花なんてどこにあるの?」
「え? ほらここに……ってあれ?」
しっかりと掴んでいたはずの花は、もう影も形もなかった。
突然インターホンが鳴った。
確認すると、ドアの前に立っていたのは二人組の警官だった。
「◯◯さんですね。実は今昨日発生した事件の捜査をしていまして--」
そう切り出され、簡単に事件の概要を説明された。
どうやら昨夜に隣の部屋の住人が殺害されてしまったらしいのだ。
「すみませんが、署までご同行願えますか」
そう言われ警察署まで着いて行った。
いわゆる重要参考人というやつか。
飾り気のないシンプルな部屋に通され、長机を挟んで、先ほどの警官二人と向かい合わせの状態となる。
被害者について知っていることはあるか、昨夜おかしなことは無かったか、私自身のアリバイはあるかなど、様々なことを聞かれた。
「なるほど、あなたは昨夜の事件発生時刻は友人宅にいたのですか」
「そうです。なので事件のことについてはあまりお役に立てないかと……」
私は申し訳なさそうな表情で俯いた。
「そうですか。では最後になりますが、この写真を見ていただけますか?」
「……? 分かりました」
警官が差し出した一枚の写真を覗き込む。
それには、隣人が頭から血を流して倒れている様が写しだされていた。
その光景は私が昨日見たものとほとんど同じだったが、一点だけが異なっていた。
隣人の指先には血が付いており、その先には……私の名前が書かれていた。
ああ、あの時完全に死んだと思ったが……まだ生きていたのか。
「……申し訳ありませんが、もう少しお話を聞かせていただけますか?」
警官は神妙な面持ちで私に問いかけた。
--僕だけが彼女の秘密を知っている!
高揚感と優越感と同時に僕の頭を占めたのは、心臓がバクバクと鳴るほどの、大きな大きな支配欲だった。
同じクラスで学年一の美少女の彼女はいつも注目の的だった。
文武両道、才色兼備、おまけに容姿端麗。
しかも素直で優しい性格の持ち主で、まさに絵に描いたような美少女だった。
そんな彼女と僕の接点など、クラスメイトということだけだった。
この瞬間までは。
別に彼女の秘密を暴こうとしていたわけじゃない。なんなら僕だってできるなら知りたくなかった。
ではなぜそんな僕が彼女の秘密を知ってしまったのかといえば、それは偶然と呼ばざるを得ない。
今日僕が偶然、体育倉庫(今日が掃除当番だった)に忘れ物をして。
僕が偶然、体育委員(本当は嫌だったけど押し付けられた)で。
体育委員権限で鍵を借りて、その忘れ物を取りに行こうと思わなければ--その現場を見てしまうことはなかったのだから。
ではその現場で何が起こっていたのか。
それは逢引きだった。
だが彼女の相手は僕たちが通う中学の教師だった。
ヤバすぎる。
先生と生徒というのももちろんヤバいが、大人が子供と恋愛をしてるっていうのもめちゃくちゃヤバい。
でもそれを見て僕の中に湧いてきたのは気持ち悪いとか、早く誰かに言わなきゃとかいう正義感でもなく、高揚感と優越感、そして支配欲だった。
あのきれいで美しくて、いつも優しいあの子がこんな秘密を隠していたなんて!
この秘密を知っているのは彼女と先生以外には、僕だけなんだと、そう思ったらもう興奮が収まらなかった。
よし、この秘密はもうちょっとだけ言わないでおいてあげよう。
だってせっかく僕と彼女の共通の秘密ができたんだから。
「隕石とか降ってこないかなー」
ふと空を見上げてそんなことを呟く。
もし隕石が降ってきたら、天変地異が起こったら、学校に行かなくても済むのに。
でも空は嘘みたいに真っ青で、雲ひとつなくて。
あーあ。今日も普通の一日になりそうだなー。
大きな大きなため息を一つ吐いて、私は一歩を踏み出した。