きっと粗治療だろうけど、夜、今の時期、どうしようもなく死にたくなったらパジャマのままベランダに出る。
ベランダに出たら飛び降りてしまうかもって?ベランダから飛び降りたくなったら、それはそれでいいと思う。今実行してないということはきっとまだしばらくできないんだろうし、しないんだろうし、死ねないということで、それもそれでいいと思う。
これから話す内容は実際に死ぬか死なないかの話ではなく、希死念慮に支配されて何も考えられなくなったり、息苦しくなったり、暴れたくなったり泣き叫びたくなったり、とにかく死にたくなったり、辛くて辛くてたまらない、逃げ出したい、というときの対処法の話である。
外に出てしばらく突っ立っていれば寒さで全身がぶるぶる震え、耳と鼻と足先が凍ったみたいに痛くなってきて、頭の中は「寒い!」しか考えられなくなる。さっきまで死にたいだとか死ねないだとか希死念慮にまみれていたのが、極寒の中突っ立っているとそんな思考は吹き飛んでくれる。
鼻水が垂れてきたら部屋に戻って布団にくるまる。ふかふかで温かくて物理的にほっとして、体が温まると心も安心してくる。そのまま眠れそうなら寝てしまう。
眠れないならぼ〜っと動画を見る。ここでネガティブな内容に触れてしまうと、せっかく希死念慮を寒さで吹き飛ばしたというのにまた落ち込んでしまうから、できるだけライトで楽しそうな動画を選ぶ。誰かが笑ってるのを聞くだけで辛くなるときは、廃墟巡りとか街散策の動画とかが穏やかでいい、と思う。
どうしてもまた死にたくなってきたら、また外に出て「寒い!」を繰り返す。
震えながら空を見上げると、星がチカチカ、やけに綺麗に思えてきて、綺麗だなと思えば思うほど涙が出てくるときがあるから、そんなときはそのまま泣いてみる。泣くことで「なんで泣いてるんだろう」とか「意味分からないなぁ」とかちょっとネガティブな気持ちになって、それからもっと泣いてしっかり泣ききると、徐々に落ち着いてくる。
感性が死んでるときに空を眺めても何も思わないので、星を綺麗だとか思わない日はただただぼーっとどこか虚空を眺めて虚無っておく。寒いのか暑いのかも分からないときは本格的に手がぶるぶる震えてきたら室内に戻る。
そしてまた布団にもぐって寒い寒いと言いながらくるまっていれば、なんだかまたほっとして、普段は滅多に味わえない安堵感につつまれる。これをしたからといって、次の日目が覚めたって死にたくなくなるわけじゃないけど、お手軽にこの安心を味わえるなら、何度でも極寒の中に飛び込んで震えて布団にもぐるを繰り返してもいいかな。
すぐに忘れてしまうなら手ちょうに書きしるしておけばいいて先生がおしえてくれた。わたしわぶんしょーが書けないと言うとただしく書こうとしなくていいんだよと言った。手ちょうに書けばかしこくなれるか聞いたらどうしてかしこくなりたいのて聞かれたからかしこくなればおかしじゃなくなれるて言った。わたしわおかしじゃなくてかしこくなりたかったからまず日ずけを書いて思たことややることや買う物をメモすればいいてわたしわおしえられたとーりにやろうとしたけどなんの手ちょうを買えばいいのかわからなかった。
お店に行ってがんばて買いたかたけどお店の人ちがうてきっとまたじょうずに話せなくておさいふの中を見せました。先生に言われた線のある紙とポケットに人る大きさのがほしいと言うとへんな顔してたお店の人がニコニコになて手ちょうが大きくならんでるところまで連れて行ってくれた。たなからお店の人がさんつ出してくれてひとつわ紙がザラザラでやだたひとつわひょう紙がき色でチカチカしてやだたからわたしわその中からこの水色の手ちょうを選びました。ひょう紙はちょとザラザラしてて紙はサラサラで何より水色がきれーです。20さいのたんじょーびプレゼントにぴったりだたなぜなら20て水色だから。
りちぎなんだねと言われるとわたしわどんな顔をしていいのかこまった。こんなときだれかがおせじがうまいんですねと言っていた気がする。おせじと言う物はおいしいのだろーか。どしてとつぜん食べ物の話なんてしていたのだろー。
わたしわきちんと書きたいだけででも書けないからこうやてがんばて書く。もっとじょうずにもっとくわしく書けばきっとかしこくなれる。まずわ書いてみることが大じだよ先生言ってた。いちぽんの木の絵を書いてと言われたときも思たようにじょうずに書けなくていやだたから絵もこれみたいに書いたらじょうずになれるかな。れんしゅーはつみかさねて言われたことあるのわ何か物を上にのせて行くんじゃなくてこういうことだたのかもしれない。
夜中にのどがかわいたからチキンへ行こうとしたら大きな音がなてそのあとりょーしんがかぜとはちがてあの子はなおらないて言いながらないててそのあとギャギャギャて声で耳がつぶれそーだたから何のことを言っているのかわあんまりわからなかったけどお母さんもお父さんもこわい感じでとびらをあけて人るゆーきが出なくてひきかえしてきた。わたしやっぱりおかしなのかな。前に言われたんですおかしだて。わたしわどこかのスーパーに売られてちんれつされてしまうのやだな。
かしこくなればきっとみんなびっくりする。そーしたら売られることもなくなるかもしれない。ちょとずつ書いて先生にてんさくしてもらてかしこくなるんだ。はやく先生に見てもらいたい。
雪を待つ2023/12/16より加筆修正
12/7 大雪
二十四節気の一つ、大雪がやってきた。この時期になると彼のことを思い出す。僕にはとても大切な人がいた。きっと“大雪”も“大切”もどちらの読みも“たいせつ”だから関連して思い出してしまうのだ。
彼は明るく気さくな人柄で、僕にとって陽だまりのような存在だった。金色の髪を揺らして楽しそうに歩く姿をいつまででも眺めていられたし、傍にいながら眺めているだけで僕はとても幸せな気持ちになれた。
陽だまりのようだと形容したが、彼の奥深くに少しだけ触れたとき、決して柔らかくはないし穏やかでもないことを僕は知った。独特の感性と調子で生きている、どこか掴みどころのない人だと思った。「独特」とか「感性」でくるりと纏めてしまった当時の僕は想像力が足りていなかった(――とはいえ物事をいくら多角的に見られていたとしても、彼の思考を完璧に理解するのは不可能だったと思う)のだ。
当時の彼はどれだけ仲の良い人とでも常に一定の距離を保ち、一定の場所に留まらない人だった。今彼がどこにいて何をしているか、皆口を揃えて「分からない」と言い、それは僕もであり、誰一人今の彼を知る術を持っていない。
大雪が降ったあの日、僕があんなことをしなければ彼はまだここにいたかもしれないと、もしもの世界を夢想する。
彼は誰とでも一定の距離を保つ、それが嫌だった。あの感情と言動は僕の一方的な押しつけで、エゴであった。自身の欲求を満たしたいがために踏み越えた。
2年10ヶ月前のあの日、大雪で辺り一面真っ白になって、人も音も何もかもが消えた日、僕は「二人きりの世界だ」なんて陳腐なことを思ってきっと舞い上がっていたのだ。肩を並べて談笑したのがあまりに心地良くて、勢いのまま連絡先を尋ねてしまった。付かず離れずの距離から一歩先へ進みたくなったのだ。緊張はした。しかしどこかで、ここまで楽しく会話をしてくれるのだから彼も心を許してくれているだろう、きっと答えてくれるはずだと呑気に考えてもいた。いつもは明るく太陽みたいに笑う彼が、珍しく眉を下げて困った顔をしてヘラりと笑った。太陽みたいな君が、懸命に輝く小さな星のように見えた。だから(今思えば脈絡がなく意味不明だが)思わず手を握ってしまった。僕自身おかしいと思う。困った顔をしていたのだから、きっと嫌な気持ちになったのだろうと僕は思えなかったのか――――ああ、思った。なぜなら彼は今直ぐにでも逃げようとするみたいに足に力を入れたから、きっと君は嫌なのだろうな、と、思った。思った上で自己を優先させた。反射的に手が伸びてしまったというのはただの言い訳だ。僕はなんとしてでも逃したくなかったのだ。
触れた彼の手は雪のように冷たかった。単なる冷え性なのか、ストレスによって手先が冷たくなっていたのか。
「ごめん、連絡先、教えたいとは、思ってたんだ」。彼は困った顔のまま曖昧な笑みを浮かべ、声は泣いているときみたいに震えていて、足は直ぐに逃げる準備をしていて。僕が握っていた手は、震えることなくしっかりと僕の手を握り返していた。
君、嘘ついたね。そう言おうとして、やめた。
大雪だった次の次の日、彼は忽然と姿を消した。
2/6 霙るる
先程まで雪だったものが徐々に霙に変わってきた。硬い粒が頭上を叩き、肩を叩き、バチバチ音を立てている。水気を含んだコートが重力に引っ張られてどんどん重くなっていった。心なしか彼も意気消沈している。
「靴の中がぐしょぐしょだ」
言いながら片足を上げてみせた、その仕草が愛らしくて思わず口元が緩んでしまった。何度も自分自身に、この幸せな時間は今だけ、今だけ……と刷り込ませるように頭の中で唱えた。分かっていたのだ。こんな幸福は長く続かないということを。
彼が風邪を引いてしまってはならないから、僕はチクりと胸を痛めながら言った。
「それじゃあ早く帰らなくてはね」
濡れた手で彼の手を取った。冷え切って震えた手と手。二人分の体温を分け合って温かく熱を帯びていく。手に当たる霙が体温で完全に液体となり、指と指の間を伝ってぬるくなり、結んだ二人の手の中に溜まる。
頭も体もぐしょぐしょに濡れて震えが止まらないというのに、繋がった手が、心があたたかかった。
「手を繋いでいると寒くないな」
満面の笑みを向けて、鼻先を真っ赤に染めて、そう言う君が、僕は本当に。本当に君と。言いたくなっては胃の中に押し込んだ。今だけ、噛み締めている。そう何度も言い聞かせた。
「溶け合っているみたいだ」
彼はそう言ってやっぱり眩しく笑った。潤んだ瞳を隠すように目を細め、今にも雫が溢れそうになっている。
――――ああ、濡れて皺の寄った靴下が気持ち悪い。
そう思った。
雨は雪となり、次第に霙となるならば、涙も霙になってしまえば良いのに。涙が霙になれば、こんなにも痛い霙になれば、君だって気づいてくれるんじゃないのか。またそんなことを思った。
繋いでいる。君を繋いでいる。こんなにもあたたかいのに、春は来るのだろうか。
今だけ、今だけだ。
柔らかなものも凍ってしまう冬に僕達も凍りついてしまえば良いのに。
今だけ、繋がっている。
2/10 粉雪
同じ人と長く関われば関わるほど考え方が凝り固まってしまうらしい。居心地が良すぎると安心してしまって、冒険しなくなる、少なくとも自分はそうだと彼は言った。ふらふら彷徨っているのが心地良いと、同じ人とずっと一緒にいるのが怖いと、辺りに視線を向けて何かに怯えながらそう言った。僕はどう怖いのか、何が怖いのかを尋ねた。
「『とても素敵な人と出会えて幸せなはずなのに、どうしてもその人と一緒に死にたくなってしまう、その願望が抑えきれない恐怖』に近いだろうか」
そう言ってにっこり笑った。
「仮にこの感情を心中と名付けるとしよう。心中を望んではいるが実現させたいとは思っていない。まだ、生きて、楽しいことを見つけて、穏やかに過ごしたい。移り変わる四季をまだ堪能していたい」
彼は嘘をついた。
徐々に異様な空気を纏ってきているのを感じてはいた。一緒にいられるのもここまでで、もう潮時なのだろうと僕も諦めがついて(はいないがそういう体で)いる。
彼は話を逸らすように窓の外を見た。
「あ、雪だ。見に行こう」
太陽みたいに笑った。童心を忘れない輝きを持っている君。キラキラ綺麗だったから、手を繋いでしまいたくなった。
2月にしては珍しく大雪だった。この雪の先を行けば彼がいなくなるような気がした。雪に紛れて、或いは雪に埋もれて、或いは吹雪に隠れて。お別れの挨拶も無しに僕の前からいなくなる。そんな気配がした。
曖昧に終わらせようとしているのだ。それもありだといっそ思った。雪が手のひらで溶けるように、海の上に染みていくように、曖昧にぼんやり終わらせようとしている。充実した毎日だと思っていたけれど、案外ぱっと消えるようなひとときなのかもしれない。さよならした後はじんわり染みる寂しさが心に巣食うのだろうと思っていたが、それも案外ないのかもしれない。雪のように……いいや、もっと軽く小さな粉雪みたいに、音もなく消えるのだ。彼もきっと。
「出会えてよかったって思ってるんだ」。そうだ、そうだった。その一言で一気に思考が散り散りになって、勢いのまま連絡先を聞いた。
11/30 冬隣
雪を待っている。僕にはとても大切な人がいた。陽だまりのような金の髪をした彼。雪のように消えた彼。3年9ヶ月経ったって忘れもしない。寂しさが染み付いて心に巣食っている。
12/7 大雪
雪を待つ。美しく、触れれば冷たく、時間が経てば溶けてしまう、そんな雪を待っている。彼は雪ではないけれど、雪は彼の一部だ。一部でいいから触れていたい。冷たい手を覚えていたい。
1/30 寒梅
積もった雪の上に突っ立ってぼぅとウメの木を眺めていた。雪をかぶった梅花があちこちで咲いている。小ぶりの花は今にも雪に埋もれてしまいそうで心許なく感じられるが、殺風景な僕の心には派手すぎず丁度良い。
ヒョウヒョウと吠える北風が耳と頬にあかぎれを作り、足先が冷え切って感覚が無くなっていく。木の色、梅花の紅色、一面雪の三色だけの世界。から、ふらり、きらきら。明るい金色、木の影から現れた。
僕はこれを完全に夢か幻か何かだと思っていたもので、自傷気味に「つかれてるんだな」と呟いた。途端そこに現れた金髪の人がくるりと振り返って僕を見たから驚きのあまり心臓が止まるかと思った。叫び出しそうになるのを必死に堪え、飲み込み、そっと息を吐く。吐いた息が白く吹き上がっていく。すると彼も僕と同じように目を見張って、真っ白な息を吐いた。彼はギュッと目を閉じ、それから開き、また緩慢なまばたきをして呆けた顔でこちらを眺めてくる。
なぜこんな所にいるのだろう、夢なのだろうか、だって都合が良すぎる、夢に決まっている、そうだ、夢だ、これは。
何度見ても忽然と消えてしまった彼にしか見えず、夢だ夢だと思っておきながら現実かもしれないと確信に近い期待をしていた。そして同時に、やはりどこかで都合の良い幻覚を見ているのだと思った。とうとう脳が変になったのかもしれないとか、ウメを見ている間に実はあっさり死んでいてここは死後の世界であるとか、また布団の中であんなことをしなければ彼はまだここにいたかもしれないのにともしもの世界を夢に見ているだけなのかもしれないとか、この際どうだっていい。
「きみ」
震える声で呼びかけながら一歩雪を踏みしめた瞬間、彼はパッと顔を輝かせ、かと思えばふわりと綻ばせ、さくりさくりと雪を踏み分けながらこちらへ向かって来る。
「お前を、探してたんだ、ずっと……会いたかった」
心臓が跳ねる、跳ねる。銀世界に輝く金の髪が眩しいと思った。
掴んだ彼の手は、冷たかった、気がする。
逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい。
笑われたくない、笑われたくない、笑われたくない。
「これだからお前みたいなやつは」。投げ捨てられたくない。投げ捨てられないような優秀にもなれない。
逃げたい、逃げたい、ガタンゴトン、ガタンゴトン。
繋がらない、繋がらない、繋がらない、繋がらない。
心と心繋がらない。繋がらない、ぷっぷーぷぷぷ。
心と心、泣いてるみたい、しょぼしょぼおめめ。
心臓と首が。首と頭が。心と心。切断面。
頂きます、頂きます、頂きます、いただきません。
逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい、逃げたい。
ぱらりらぱらりらりらりらら、ぷっぷーぷぷぷ。
「好きなだけ泣いてしまえばいいんじゃないかな」と背を撫でつつ「泣かないでほしい」なんて思っている僕は、きっと君が望んでいるような僕ではないんだろう。
君のことを恨んだり憎んだりなんて有り得ないよ。君の幸せを願っている。涙を流すことなく笑って過ごせるような未来がいつか君に訪れてほしいと思っているよ。
でも君は僕に恨まれ憎まれたいのだろうし、裁いてほしいのだろうし、君の幸せを願うことは僕自身を蔑ろにすることと等しくて、それを君は認められずにいる。
僕は君を傷つけたいわけじゃない。でも、願いは叶えてあげたいよ。寄り添うにしても、君が納得いく形をとらないと傷口に塩を塗ることになってしまうから慎重に。
そうして出来上がっていった僕にそんなことを願うなんて、やっぱり君は 仕方がないな。
そんな君に付いていったのは僕だ。
――――あ。
僕だ。
散々あらゆる人を踏み潰してきたのは。
今更、一人くらい 僕の罪状は変わらないだろうか。
駄目だ、できない、それはできない。君のことが大事だから、だから今までずっと、散々、隣に。
――――そうか。君はもう耐えられないんだね。誰かに怒りを向けてもらうことでゆるされたくて、それで清算してしまいたいんだ。でも話せば話すほど同情されてしまって誰も憎悪を向けてくれない。ああ、なるほど、それで困っていたところ、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
そうか、そっか。
わかった。
そんなに切望するなら、できるだけ君が苦しむことがないように早く終わらせてやる。
「好きなだけ泣いてしまえばいいんじゃないかな」と背を撫でつつ「泣かないでほしい」と思っている僕は、きっと君が望んでいる通りの僕だ。
泣かないで。涙が薄くなるくらいまで君には回復してもらわないと、泣き止むくらい立ち直ってもらわないと。
「大丈夫だからね」と優しい言葉を吹き込んで「君は悪くないんだよ」と何度も言い聞かせ「僕は君のことを想ってるから」と甘い言葉を囁く。
大丈夫、痛みは最小限だ、身を任せて。
大丈夫。君は悪くない。誰も悪くなかったんだ。みんな正しくなくて、みんな間違ってなかったんだ。誰も苦しまなくていいんだよ。君も苦しまなくていい。それに僕は、君のことを大切に思ってる。
だから、ちゃんと、君を。
君は一瞬打撃を受けるだけでいい。この打撃さえ、この傷さえ深く負ってくれれば、これだけで済む。
信頼していた人から、自分のことを大切だなんだと言ってくれていた人から、寄り添ってくれていた人から冷たく見放されると裏切られたような心地になるだろう。
僕はちゃんと君のことを突き放せただろうか。
……大丈夫そうだ。だって君、その顔、ああ良かった。ちゃんと傷ついてくれたみたいだ。
あまりの絶望感に心の機能が停止するから君、は、今後何かを感じることはない。喜びも、怒りも、悲しみも、きっと痛みも、得ることはない。
今楽にしてやる。ね、痛くないって、言っただろう。
泣かないで。泣くということは心が残っている証拠だ。僕は徹底的に君の心を踏み潰さなければならない。君の願いを叶えるために。そのためにこうしているのだから。
「泣かないで」
僕はこんなところで留まるわけにはいかない。今までと同じように、踏み潰してしまわなければ。
「泣かないで」
僕の心も、今までと同じように踏み潰してしまわなければならないのに。
「泣かないでくれ」
ぼくは 泣いてなんかないよ。
――――僕だ。裁かれたかったのは、僕だ。
「泣くほど想ってくれている人に、こんな酷いことさせられない。すまない、すまなかった。もう一度、やり直そう。きっとお前となら……」
そう言って微笑みかけてくれる。やっぱり君は なんて素敵な人だろう。
根底にあったのは自己犠牲なのか、それとも自己救済だったのか、僕は未だ計りかねている。
だってこんなに愉快だ。腹の底から笑いが込み上げて来る。咳き込むまで延々と笑っていられた。きっと僕の内臓はぐちゃぐちゃだ。
ああ、良かったな。あの人の心が少し残っていて、泣いている人がいたら慰めようとしてしまう優しい君で良かった。ああ、本当に、まんまと策にはまってくれて良かった。君の絶望は傑作だった。
君の幸福を願っている。