「好きなだけ泣いてしまえばいいんじゃないかな」と背を撫でつつ「泣かないでほしい」なんて思っている僕は、きっと君が望んでいるような僕ではないんだろう。
君のことを恨んだり憎んだりなんて有り得ないよ。君の幸せを願っている。涙を流すことなく笑って過ごせるような未来がいつか君に訪れてほしいと思っているよ。
でも君は僕に恨まれ憎まれたいのだろうし、裁いてほしいのだろうし、君の幸せを願うことは僕自身を蔑ろにすることと等しくて、それを君は認められずにいる。
僕は君を傷つけたいわけじゃない。でも、願いは叶えてあげたいよ。寄り添うにしても、君が納得いく形をとらないと傷口に塩を塗ることになってしまうから慎重に。
そうして出来上がっていった僕にそんなことを願うなんて、やっぱり君は 仕方がないな。
そんな君に付いていったのは僕だ。
――――あ。
僕だ。
散々あらゆる人を踏み潰してきたのは。
今更、一人くらい 僕の罪状は変わらないだろうか。
駄目だ、できない、それはできない。君のことが大事だから、だから今までずっと、散々、隣に。
――――そうか。君はもう耐えられないんだね。誰かに怒りを向けてもらうことでゆるされたくて、それで清算してしまいたいんだ。でも話せば話すほど同情されてしまって誰も憎悪を向けてくれない。ああ、なるほど、それで困っていたところ、僕に白羽の矢が立ったわけだ。
そうか、そっか。
わかった。
そんなに切望するなら、できるだけ君が苦しむことがないように早く終わらせてやる。
「好きなだけ泣いてしまえばいいんじゃないかな」と背を撫でつつ「泣かないでほしい」と思っている僕は、きっと君が望んでいる通りの僕だ。
泣かないで。涙が薄くなるくらいまで君には回復してもらわないと、泣き止むくらい立ち直ってもらわないと。
「大丈夫だからね」と優しい言葉を吹き込んで「君は悪くないんだよ」と何度も言い聞かせ「僕は君のことを想ってるから」と甘い言葉を囁く。
大丈夫、痛みは最小限だ、身を任せて。
大丈夫。君は悪くない。誰も悪くなかったんだ。みんな正しくなくて、みんな間違ってなかったんだ。誰も苦しまなくていいんだよ。君も苦しまなくていい。それに僕は、君のことを大切に思ってる。
だから、ちゃんと、君を。
君は一瞬打撃を受けるだけでいい。この打撃さえ、この傷さえ深く負ってくれれば、これだけで済む。
信頼していた人から、自分のことを大切だなんだと言ってくれていた人から、寄り添ってくれていた人から冷たく見放されると裏切られたような心地になるだろう。
僕はちゃんと君のことを突き放せただろうか。
……大丈夫そうだ。だって君、その顔、ああ良かった。ちゃんと傷ついてくれたみたいだ。
あまりの絶望感に心の機能が停止するから君、は、今後何かを感じることはない。喜びも、怒りも、悲しみも、きっと痛みも、得ることはない。
今楽にしてやる。ね、痛くないって、言っただろう。
泣かないで。泣くということは心が残っている証拠だ。僕は徹底的に君の心を踏み潰さなければならない。君の願いを叶えるために。そのためにこうしているのだから。
「泣かないで」
僕はこんなところで留まるわけにはいかない。今までと同じように、踏み潰してしまわなければ。
「泣かないで」
僕の心も、今までと同じように踏み潰してしまわなければならないのに。
「泣かないでくれ」
ぼくは 泣いてなんかないよ。
――――僕だ。裁かれたかったのは、僕だ。
「泣くほど想ってくれている人に、こんな酷いことさせられない。すまない、すまなかった。もう一度、やり直そう。きっとお前となら……」
そう言って微笑みかけてくれる。やっぱり君は なんて素敵な人だろう。
根底にあったのは自己犠牲なのか、それとも自己救済だったのか、僕は未だ計りかねている。
だってこんなに愉快だ。腹の底から笑いが込み上げて来る。咳き込むまで延々と笑っていられた。きっと僕の内臓はぐちゃぐちゃだ。
ああ、良かったな。あの人の心が少し残っていて、泣いている人がいたら慰めようとしてしまう優しい君で良かった。ああ、本当に、まんまと策にはまってくれて良かった。君の絶望は傑作だった。
君の幸福を願っている。
11/30/2024, 10:03:28 PM