よあけ。

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3/17/2024, 6:51:27 PM

:泣かないよ

泣かないよ、泣かないから
弱音も、涙も、暴力も、ちゃんと受け入れるから

独りぼっちは、寂しいよね
だから、理解者になりたかった

だって、あたなの寂しさが好きだった
あの夜、二人で、孤独だった

あなたと孤独になりたかった

独りぼっちは、寂しいよね
だから、あの夜を再生していたい

泣かないから

足りなかったこと、今なら、分かってるから
だから、どうか い ま さ ら


■■


何かに苛ついたような、怒ったような、焦燥感に駆られたようなあなたは、冷蔵庫から大量の缶ビールを持ち出してきて机に並べる。1本、2本、3本、4本、5本、どんどんと開けて胃に流し込んでいく。

奥にある新しい缶ビールを手に取って、他の空き缶を倒しながら手前に引きずる。空き缶がカラカラ机の下に落ちることなんて気にもせず、カシュッと軽快な音を鳴らして、あなたは楽しそうに笑うのだ。6本、7本、8本、どんどん開けて、飲んで。「あれがしたい」「これが楽しみ」「将来は――――」。

そうやって楽しそうに話したかと思えば、途端に泣きだしてしまう。「将来なんてない」「これからなんて」「逃げたい」「どうして」「生きてる意味なんて」「死んでしまいたい」。

わんわん泣いて、泣いて、テッシュを撒き散らしながら泣いて、泣いて、そうして横たわる。そのまま眠ってしまって、けれどずっとうなされている。

そんなあなたの姿を見ても泣かなかった。泣いても役立たずにしかならない。泣かなくとも役立たずなのに、泣いたら役立たず以下だ。どうあがいてもあなたの役に立てないなら静かにしておくのが一番だと、そう思っていた。ずっと。

あなたに何と声を掛けただろうか。背中を擦ってあげたことはあっただろうか。ティッシュを渡したことは?コップに水を注ぐのが正しかったのだろうか。抱きしめたことは?「味方だよ」と伝えたことはあるだろうか。話を聞いて頷いたことは?

ない。

少しはやっていたのかもしれない。話を聞いて、分かるよなんて言って、側にいたつもりで。声を掛けようとして「大丈夫だから気にしないで」と言うのを真に受けて、静かにしておくのが一番だなんて、そんなの保身でしかない。それが一番だなんてそんなわけなかったのに。やったつもりだっただけだ。だって実際あの人はいなくなった。それが何よりの証明。

今更泣いたってもう遅い。だから、泣かない。泣いたって取り戻せない。無意味だ、無駄だ。泣かない、泣かない、泣かないよ。泣かないから、迷惑かけないから、迷惑、違うか、あなたの望むこと出来るようになるから、だから、だから。だから?あの人はもうここに帰ってこない。

あなたの孤独はどれほど深く暗かったのだろう。気づかなかった、知らなかった。無知は罪だ。あなたを知らなかった。深い穴に落ちていく感覚がする。あなたはもっとずっと深く落ちていく感覚がしていたのだろうか。砂と鉄の味がする。あなたも苦い味が広がっていたのだろうか。あなたも、この恐怖と虚無の狭間にいたのか。

ティッシュをそのへんに撒き散らかして、貰った薬もその辺に放ったらかして、シャッターもカーテンも閉め切って、ただ布団に潜る。昔の記憶を再生している。酒を飲めるようになったらあなたと同じように缶ビールを転がして、アルコール依存症になったりするのかな、なんて夢想している。あなたと同じ道を歩めているなら、少し、報われるような気がする。だって今度こそ、あなたと孤独になれるのだから。

3/16/2024, 9:42:59 AM

:星が溢れる

「もう嫌なの」「逃げたい」「もう耐えられない」「離れたい」「どこで間違えたの」と泣いているあなたの背中を撫でるわけでもなく、ライトに照らされたあなたの涙が星みたいだと思っていた。あなたの目から星が溢れ、流星となる。美しかった。鬱くしいともいえる。

泣いているあなたのことをほったらかしにして。ティッシュを差し出すこともハンカチで拭ってあげることもせず。

星を流すあなたのことを“儚い”と思い込んで美化した記憶は、星の輝きなど持っているだろうか。

あの人は美しかった 確かに。

未だ星を眺めている。

3/13/2024, 8:06:37 PM

何か、きれいなものを浴びたい。

3/9/2024, 8:58:41 PM

:過ぎ去った日々

とっくに時間切れなのに「どうしようかな」なんて考えている。間に合うはずもないのに。取り返しがつかないのに。何を今更。

3/7/2024, 8:01:10 PM

:月夜
お題︰月に願いを より加筆修正


 月へ


 9月7日

 月への階段というものがあるらしい。それを聞いたのは今からもう一年前になる。
 この一年、あの一通以外に彼から何の便りもない。譲り受けたこの部屋のたった一つの窓から、まんまるとした黄色い月がこちらを覗いている。もう彼は月への階段を登ったのだろうか。月光の柱を見るたび思う。
 月は太陽の光を反射し輝いて見えているだけという。「影を落とさないで」というのは等身大を否定していることと同じだろうか。それでも「どうか影を落とさないで」と、そう願わずにはいられなかった。





 9月7日

 従来の壁が見えないほど本棚が並び、これでもかというほど本や紙で埋め尽くされている。たった一つの窓からは月が顔を覗かせていた。床に積み上げられた本が雪崩を起こし、あちこちに原稿用紙が散らばり、インク臭と紙の匂いが染みているこの部屋。「いかにも書斎といった部屋を作ってみたい」と意気込んでインテリアやレイアウトにこだわっていた数年前。万年筆もインクもタイプライターも照明も本棚も机も椅子もどれも選りすぐりの物ばかりだと誇らしげに言った彼の書斎は、すっかり使い込み慣れた隠れ家だった。
 そんな彼の部屋に今日も今日とて入り浸っている。
 「ブルームへ行こうと思う」
 カタンとペンを置く音が聞こえてきたので顔を上げてみればそんなことを言われた。はて、ブルーム、というのは何だったか。どこかで聞いたことのある響きだと記憶を掻き回す。確か一週間前、暑い暑いと言いながら見た満月はブルームーンといった。
「月?」
 そう呟けば彼は眉を寄せてまばたきを繰り返した。
「よく分かったね。難しいだろうと思っていたけれど」
「はぁ、いや、ブルームってブルームーンの略かなぁって」
 気の抜けた情けない私の返答が可笑しかったのか、彼はぽかんと口を開け目を見開いた。それから徐々に口角を上げ鼻を鳴らしてから笑った。
「ふ、はは! 月! そう、月だよ。ふふ」
「何がそんなに面白いんですか」
「いやあ、はは、ごめんよ。見抜かれたかと思ったんだが、君はやはり鋭いようでズレているだけだったみたいだ」
「なんだそれ」
 ズレていると言われると釈然としなかったが、彼の優しい笑顔に釣られて私も笑った。
 「オーストラリア西部にある街だよ」
 オーストラリア、南半球にある国。そういえばその国のサンタクロースはサーフィンをしていると聞いたことがある。それでその、オーストラリアにわざわざ。
「三月に出発しようと思ってるよ」
「桜は見ていかなくていいんですか。向こうじゃ秋、紅葉しか見れないですよ」
「そうだね。向こうじゃ季節は逆だ。…………けれどいいんだ。桜なんて見てしまったら……ああ……そうだね、恋しくて堪らなくなってしまいそうだからね」
 諦めのような、またそれとは違う何かが彼に影を落とす。言うなればこれは……慈しみだ。
 なんのために、なにをしに? 問えなかった。訊けなかった。喉が締まった。声が出なかった。違う、知っていた。本当は分かっていた。
 片道切符なんてことは言われなくとも分かっていた。帰ってくる気がないのだ。だから、これはお別れの言葉なのだと。
 ポツ、ポツ、ポタタ、雨の音がする。傘、差して、帰らないと。ここから、帰らないといけない。ちらりと視線を向けた小さな窓からは、まんまるとした黄色い月がこちらをのぞき込んでいた。雨なんて降っていない。
「月への階段を登りに行くんだ」
 その階段、まさか登るのではなく降りるのではないだろうか。
「そう怯えなくていいんだよ」
 彼は私の目元にハンカチを当てながらそう言った。ならばせめて、その微笑み、どうか影を落とさないでほしい。


 3月25日

 彼から手紙が届いた。あの部屋を譲るという内容だった。それ以外は特に書かれていない。返事を書こうとすぐペンを取って、辞めた。彼は手紙を望んでいないような気がした。





 8月31日
 オーストラリア、ブルームの海より

 月への階段というものを聞いてから何年が経とうとしているだろう。私はようやく彼の景色を知ることができるのだ。
 夜に溺れたくなる、月夜の海へ入りたくなる理由をなんとなく知っている気がする。広がる夜なら、優しい月なら、母なる海なら、包み込んでくれるのではないか、そんな錯覚がする。
 漣に誘い込まれるようにして海に足を踏み入れた。靴の隙間から海水が入り込んでくる。ふわりと浮いた感覚がした。足、ふくらはぎ、膝、太もも、腰、どんどんと海に浸かりながら、このままどこまでも、どこまでも、じゃぼ、じゃぼ、ただ月を目指して。
 まんまるなオレンジ色の月が海面でユラりクラりと惑わすように揺れ動いている。

 ――――あ れ 彼だ 彼がいる 彼がそこにいる。

 じゃぼ。

 私と同じように、この揺らめく月への階段を一歩、一歩、踏みしめているのだろうか。

 ざぶ、ざぶ、じゃぼ、ごぷ。

 はやく、はやく、彼がいってしまう。

 しゅーーーーーーぅぷぷ……さーーーーーー…………さーーーーーーーー…………ごぽ―――――

 月への階段を登りに行くんだ。月への階段をのぼりにいくんだ。月へのかいだんを、月へ――どうか、影を落とさないで。

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