シュグウツキミツ

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10/21/2024, 11:54:40 PM

その日は嵐だった。吹き荒ぶ風が木の葉を散らし、町中のゴミまで吹き飛ばしていった。風は夜更けになっても止まなかった。

斎藤敦史は日課のランニングができずに燻っていた。特に目的があるわけではなく、ただただ走るのが好きだった。滅多矢鱈に走るのは、流石に高校生としてはいかがかとようやく気づき始めたので、堂々と走れる「ランニング」でその欲望を発散していた。
普段は歩いている。
日中走れず持て余す気持ちで夜空を眺めていると、ふと風が止んだように思えた。
一も二もなく外に飛び出し、彼はランニングを始めた。
走っているうちに、日常に感じる不安や苛立ち、後悔といったネガティブな感情が消え失せていった。かに思えた。残るは走る疲労のみ。この積み上がっていく疲労に気分を集中させていけば、日頃の鬱憤は忘れられる。
たとえ問題は解決しなくとも。

彼の向き合う問題は、彼自身ではどうしようもなものだった。そんな彼にも恋人がいて、それなりに充実した毎日、だった。走ることが好きな彼にも理解を示してくれ、馬鹿にしたりだとか忠告したりだとか、そういうこともせずに、ひたすら見守ってくれていた。
そんな彼女の引っ越しが決まってしまった。
彼女の父の転勤で、単身赴任も考えたのだが、都会地への配置転換ということで、彼女への教育的な機会が増やせる、といったぐうの音も出ない、親心満載の決断だった。
そな決断に対抗しうる反対意見など、まだ高校生の彼にも彼女にも持ち合わせるものはなかった。
引っ越しまであと2週間。二人にはとうしようもなく、時は流れていった。

河原に着いた。辺りは田んぼが広がるばかりで、民家も人気もなく真っ暗である。そこで彼は、声が枯れるまで叫んだ。
言葉ではなく、ただの雄叫び。
自分はあの子になにかしてあげられていただろうか、なにか言葉をかけられないだろうか。そんな、生木を引き裂かれるような別れが待っている彼女に、先の人生の灯火になれる言葉をかけられるほど、彼は大人ではなかった。

どれだけ叫んだろうか。彼は暗闇に何か動くものを感じた。
犬だった。犬なのか?確かに犬のように立った耳をもち、長い鼻面をして、ちらりと口から牙も覗く。
だが、立っている。二本足で立っているのだ。
ぬ、とその獣は近づいてきた。
「うるせんだわ」
至極真っ当な苦情を述べた。
いや、こんな生き物いる?犬みたいな顔と体、尻尾。だが擦り切れて入るが服は着ている。そしてなにより、自分が聞き取れる言葉を話している。
しかしその苦情はあまりにも真っ当であった。
「あの、すみません、誰もいないかと思ってて、あの」
と自分でもどういう立場かよくわからないままに平謝りをした。
獣人は、フン、と鼻を鳴らして戻っていった。
「あの、すみません、ちょっと、あなた誰なんですか」そんなことを聞いてどうするかも考えずに引き留めていた。
獣人は振り返る。
「なんだ、あんたらにはわからないだろうが、昔からいたんだよ。俺等は、お前らの言う夜行性ってやつだから、お前らとは時間が被らないんだよ。ここらは夜になると暗くなるからちょうどいいしな。」
知らなかった。真夜中にこんな生き物達が動いていたなんて。
「ここで会っちまったからには、しょうがない、話を聞いてやるよ。何があった」
斎藤敦史は話し始めた。彼女のこと、彼女が引っ越してしまうこと、見守ってくれていた彼女に自分は返せたのか、そしてギクシャクしてしまっている今のこと。
獣人は黙って聞いてくれていた。
そして
「お前、今話せないと一生後悔するぞ。なんでもいい、お前のその気持ちでもいい。話すんだ」
次の日、学校で彼女を呼び出した。昨晩の話をすると、何故だか目を輝かせていた。勿論、自分の気持ちも話したのだが、なんだかそっちはいなされた気がする。
「その人に私も会う、連れていって」
夜中、彼女を連れて河原へ向かった。
さて、向かったはいいが、どうしたらいいだろう。何よりあの獣人が今日もここにいるとは限らないのではないか。
とまごついているうちに、彼女が闇に向かって叫んだ。
「マークでしょ、わかるんだから。出ておいで!」
少しして、闇の奥が動いた。
ゴソゴソと、今日は俯いて獣人が出てきた。
「やっぱりマーク!ここにいた!」
彼女が抱きつく。
斎藤敦史には何が何だかわからない。
「あの、どういう」
「マークよ!昔家で飼ってたシェパード!中学の時に行方知れずになっちゃって、でもこんなところにいたなんて!」
俯いてひたすら撫でられる獣人。
「マーク、家に帰ろう!パパもママも、わかってくれる!」
そうして彼女は引っ越していった。獣人マークと共に。

斎藤敦史は、今日もマラソンを続ける。

10/20/2024, 10:59:52 PM

「始まりはいつも」と来ると、「突然に」と無条件に続けてしまう……
仮面ライダー電王のオープニングですね。
いーじゃん、いーじゃん、すげーじゃん

10/19/2024, 7:25:32 AM

背の高い薄の野原を和真は歩いていた。時々振り返り
「本当にこっちか?まだ行くのか?」
と尋ねる。
後には狐がいた。
狐は話さず、頷いたり首を振ったりして意思を伝えているようだった。
「まったくどうしてこんなことに……」
などと呟きながら和真は行く。
薄を掻き分け掻き分け歩いているうちに、地面の感覚が変わってきたように思えた。これまでのフワフワした感触から、石が敷き詰められたような硬い感触。ゴツゴツしていて安定も悪い。
気付くと石畳の街に着いた。気がつくと薄もない。
「あれ?」
と和真が驚いていると、後から勢いよく狐が駆け出した。
その先には、大きな狐がいた。
大狐は和真に
「ありがとう。お陰で息子は無事に戻ったた。礼をしよう。」
と声をかけた。低い、くぐもった声だった。
「いや、礼なんて。仕事だから、報酬を」
と和真が応える。
ふむ、と大狐は少し考えた様子で、やがて一包みのなにかを渡してきた。
「報酬ということなら、これの方がいいかな。帰って渡してほしい」

気がつくと、和真は薄の野原にいた。さっきまで狐を連れて掻き分けていた薄原だった。
空を見ると雲一つない秋晴れ。
あれは幽玄というやつだろう。深入りされたくなかったのだな。
和真は納得していた。
これから一ノ瀬よろず相談所へ帰らなくてはならない。所長の一ノ瀬にこの包を渡さなくては。
「まったく、よろず、なんて名付けるから、ああいうわけわかんない奴が相談しに来るんだよ」
やがて薄原をあとにして、和真は町へ帰っていった。

10/17/2024, 10:22:22 PM

その日は学校も休みだったので、家でスマホばっかり眺めていた。
気になる人や友達のSNSもニュースもウィキも眺め終わったので、どうすべと何となくYouTube見てた。
ぼんやりとおすすめをいくつか聞いたり見たりしているうちに、不思議なアーティストを見つけた。
サムネはなんだか暗いんだけど、写ってる人の格好が気になった。
着物みたいなものを着て、狐みたいな仮面を付けてる。
ちょっと気になってタップましたのが間違いだった。
音はなんだかDTMみたいで、あれ、和風じゃないんだ、と思った。サウンドもテクノっぼまいような。
そのリズムが独特だった。なんというか、心臓の鼓動と微妙に違うからか、クセになるような。
気付くとそのアーティストの曲ばっかり、気づいたら2時間位聴いていた。
お腹すいた。ご飯作ろう。
とキッチンに立ってもできた料理を食べてる時も一息入れている時も、気付くとあのリズムを思い出していた。

それから学校行っても友達と話していても部室でダベっておても、ふとした瞬間にあのリズムが甦るようになった。
それから何を見ても何処に行っても、思い出はあのリズムと共にある。
しまった。
忘れたくても忘れられない。

10/14/2024, 11:58:15 PM

その日は晴れていた。雲一つもない快晴である。秋の初め、まだ威力が強い太陽の光が地面や海面を照らし、上昇気流を作り上げていた。
それを待っていた者がある。
鳶である。
翼を広げると160センチにもなり、その翼に上昇気流を受けて高く飛ぶ。よい気流をつかまえればその高度も増すことができる。
次々と周囲の鳶が高く舞っていく中、その鳶はまだ松の木に留まっていた。その年に生まれ巣立ちから日も浅い若鳥である。
理屈はわかる。翼に風を受けることも何度もできてはいる。だが、あんな高度まで舞い上がったことはない。
若鳥は戸惑っていた。あんな高さでもしバランスを崩したら?気流を受け損なったら?自分がまだ知らない事態に対応できるのか?そう思うと踏み込めなかった。
そこへ、鴉がやってきた。鴉は鳶とは仲が悪い。鴉と鳶とは、求める餌が被ることも多い。知らずに鴉の餌を横取してしまい集団の鴉に追われることもある。鳥はどだい高度を取ったほうが心理的に優位になるものだが、そこは鳶の得意分野だ。
なので、鳶は少し身構えた。鴉は戯れに他の鳥や動物を突くこともあるからだ。
「あんたはなんでいかないのさ」
鳶は驚いた。鴉と鳶とは使う言葉が異なるため、互いに何を言っているのかはわからないものだ。だがこの鴉は自分にもわかる言葉で話しかけてきた。
「あの……なんでしょうか……」
恐る恐る鳶が尋ねる。伝わるのかな?
「いやね、鳶の皆さんは気流を掴むのが上手いなって。そりゃ儂らも気流を使って高くまで飛ぶよ?でもあんたらには敵わないなって、いつも惚れ惚れして眺めてんだよ」
変わった鴉だな、と若い鳶は思った。鴉は鳶を見ると集団でぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるものなのに、そんな相手に惚れ惚れだなんて。
「心配なんです。あんな高くまで飛んで、もしバランスを崩したらどうなってしまうんだろうって」
まだ巣立って間もない頃、台風の名残の強風を受け損ない、木の枝に打ち付けられた事がある。幸い羽に怪我はなかったが、打ち付けた腹はしばらく痛かった。
「大丈夫だよ、あんた鳶だろ?風にさえ乗ってしまえば、あとはあんたの本能が教えてくれるさ」
本当だろうか。本能は確かに翼の使い方を教えてくれたが、あんな高度での身のこなしまで教えてくれるものだろうか。
「まあいいさ、儂も少しは風に乗れる。ちとあんたに教えてあげれるだろ」
なんでこの鴉はこんなに世話を焼くんだろ、と不思議がる若鳶に、鴉は翼を広げてみせた。
「ほら、気流はわかるだろ。そこに羽を被せれば」ふわりと浮かぶ。「まずはやってみな」
訝しながらも若鳶も羽根を広げる。言われなくとも昇る気流はよく感じる。そこに翼を被せるようにすると、ふわりと体が浮いた。
「そう、その調子」
鴉の声に合わせて、昇る気流の角度に合わせて右へ、左へと翼を傾けているうちに、ずいぶん高く上がってきた。
ふと見ると、鴉は自分より下にいる。
「どうしたんですか」
「儂らにゃあここまでだ。やはり鳶は上手いね」
慌てて鳶が鴉に尋ねた。
「あの、どうしてこんなに親切に」
「いやあね、」と鴉がきまり悪そうに答えた。
「あんたの前の年に生まれた、同じ親御さんの卵。昔割っちゃってね」
あの日もいつものように鴉と鳶とで揉めていた。きっかけは、鴉が狙っていた獲物を鳶の誰かが掠め取ったことだった。それを知った鴉達は、集団でその鳶を追いかけていた。たまたまその鳶が止まったのが、目の前の若鳶の両親が営巣していた巣であった。気が高ぶっていた鴉たちは鳶に次々と体当たりをしていたが、揺れた木が巣の中の卵を全て落としてしまった。あともう少しで孵るとこだったのに。
「あんたの兄弟は死なせちまったけど、あんたは元気そうだし、そうやって餌を取って卵を産めれば」
もう鴉の声は聞こえなかった。若鳶は高く高く飛んでいた。他の鳶たちと合流し、上昇気流を舞っていた。
鴉はその姿を眩しそうに眺め、やがて去っていった。

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