さあさ、お立ち会い。紳士淑女の皆々様、今宵は我がショーにおいでいただき、誠に有り難く。皆様方を日常では味わえない世界にご招待いたします。さて、皆様は獣人というものをご存知かな?そう、昔の映画や舞台、小説でお馴染みの狼男。普段は人間で、満月の夜になると獣に変化してしまう。今宵ご覧いただくのは、その獣人でございます。とは言っても、フィクションの獣人とは違い、満月の夜でなくとも変身いたします。どういうことかって?それはこの獣人の身の上話を聞いていただければわかります。聞くも涙、語るも涙。とある獣人少女の哀れな身の上にございます。
この少女、名前はジェシーと申しまして、当年取って17歳。いままさに花開かんとする可憐な乙女にございます。生まれはアルファ・ケンタウリ、そう地球からわずか4.2光年、プロキシマ・ケンタウリの惑星でございます。そんな星からどうやってこの小屋へ?まあまあ、それはこれからお話いたします。
皆様既にご存知のように、プロキシマ・ケンタウリの惑星は、我々と同じくらい、ヘタしたらそれより上の科学技術を持っております。地球から移民のための調査船がアルファ・ケンタウリまで到達したというニュースはまだお耳に新しいかと存じます。そこで地球人を待ち構えていたのは、高度な文明を既に築いていた獣人たちだったのであります。このニュースも大分世間を騒がしていたので皆様のご記憶にも新しいでしょう。
さてその高文明、我らが地球の遥か上。にも関わらず、これまで彼らが地球にやってくることはなかった。それは何故か。
それは彼らの素晴らしく平和的な性格にあります。彼らの中にも多少の諍いはありますが、相手を殺害するには至っていませんでした。
コンラート・ローレンツをご存知ですかな?そう、前時代に動物行動学を立ち上げた、偉大なる生物学者でございます。彼の著書『攻撃〜悪の自然史』で、相手を一思いに殺せる武器をその身に持った生物は同じ種族の間で殺しを回避するサインがあるが、ハトのような武器を持たない種族を閉じ込めると相手を殺すまで攻撃し続けるという、有名な指摘があります。
ご存知ない?ご存知なければ是非ご一読を。いかに生き物が同じ種族同士の殺し合いを避けているか、ということがよくわかります。
さてアルファ・ケンタウリの先住種族である彼らですが、その身は我々の知る狼のような姿をしております。毛深い身体に大きな尻尾、ギョロリと睨む瞳に尖った耳。その手には鋭い鉤爪をもち、口の中には大きな犬歯が覗きます。
我々地球の人類が遥か昔に猿の仲間から進化したように、アルファ・ケンタウリの獣人たちは犬に似た生き物から進化したのかもしれません。
そんな彼らはその身体に相手を殺せる十分な武器を携えています。それ故か、彼らは決して同種族を殺そうとはいたしません。首元や胸など自分の急所を見せることで、相手の戦意を喪失させるのです。
ところが我々地球人類は、丸腰で相手を殺せるだけの武器はありません。ハトを思い出してください。彼には武器がありませんが、速く遠く飛べる翼があるため殺されそうになれば飛んで逃げればよいのです。ですから彼らは殺しを止めるサインが必要ない。閉じ込められた空間で殺し合ってしまうのはそのためです。我々地球人類も同じ。元々は目の前の人間を殺すことには大きなストレスを感じ、それが殺しを抑制させていたのですが、人類はそのストレスを軽減させる発明を行ってきた。それが弓であり銃であり大砲であり爆撃機であり、ついには遠隔で爆弾を落とすまでになった。殺すことに恐怖も罪悪感も起こさないように発展してきたのです。
そんな両者が出会ったらどうなるか。
我々人類は同種同士でも兵器で大量虐殺を行った。南北アメリカの先住民族、オーストラリアの先住民族、アフリカ各地の先住民族、太平洋諸国の先住民族、彼らがどのような目に遭ったことか。
同種族でも残酷な虐殺ができる我らと、いかに同種族同士の争いを避けるかを考えてきた彼ら。
そう、星間防衛軍司令官の皆様方ならあの星で起こったことをよくご存知かと存じます。そう、あのイーオンの虐殺です。
おっと、話はまだ終わっていませんよ。扉は全て閉まっています。通信もできませんよ。お座りください、お座りください。
よろしいですか。よろしいですか。そう、あの少女、獣人の少女です。少女だけではない。少年もいます。青年もいます。あの虐殺を生き抜いた者たちです。お座りください、お座りください。もう手遅れです。間に合いません。皆様、皆様、さあごろうじろ!
カーテンが開いた。舞台には獣人の少年少女、青年たち。
皆機関銃を構えている。
四方の扉からも銃を構えた獣人の若者たちが飛び込んできた。
目に涙をためて。
そして、引き金は引かれた。
O-6721番は汎用性家事サポートロボットである。サタケテクノロジーの主力商品だ。掃除や洗濯はもちろん、料理や公共手続きや各種料金支払いもできる。1台あたりは平均年収の2倍ほどで割高だが、自家用車とどちらか迷った末に購入されるほど普及している。経済の低迷で賃金が下がり、老後まで現役で働く人が多い中、家事一切を肩代わりしてくれる機械なんて、あって損なことはない。製品名が「ナニー シグマ」なせいか、「ナニ」と呼ばれることが多い。
14歳のカオルは最近いつも苛立っていた。両親の言う事も先生の教え方もニュースから知る社会情勢も、何もかもが気に入らなかった。友達とはそれなりに気を使って付き合ってはいたが、本心を知らせ合うこともほとんどなかった。
「ああ、なんかないかなぁ!」
と苛立って声を荒げると、ナニが近寄ってきた。
ナニーシグマには家族の感情サポートの機能もある。
「カオル、ドウシマシタ?」
カオルはナニには刃向かえない。仕事に忙しい両親は、ほとんどの育児をナニに任せてきた。子育てを担うことも多いナニーシグマは、子供の精神的ショックを防ぐために、外装は15年以上保つように定められていた。カオルにとって、ナニは実の両親以上に両親だったり
「アナタハ チイサイトキカラ ソウデシタネ。ナニカ キヅツクコトガアレバ イライラトコエヲアラゲテ。ナニカアッタノ?」
殆ど泣き顔になっていたカオルは、ナニに訥々と訴えた。先生に態度を注意されたこと、庇ってくれると思ったていた友達に顔を背けられたこと、本当の友達なんていないんじゃないかと危惧していること。
ナニは何も言わずに聞いていた。やがて
「ココロオドルオンガクヲカケマショウ」
ロボットの心が躍る音楽って、なんだろう。とカオルが思っていると、音楽が流れ出した。
カオルが幼児教育を受けていたとき、よくナニがかけていた曲。幼かったカオルはこの曲に合わせてよく踊っていた。
ナニは、あの時の光景を「ココロオドル」と判断したのだ。ロボットなりの状況判断だった。今のカオルにとっては既に感慨も持たない曲だが、幼いカオルを喜ばそうとしていたナニの、それはもう気遣いと言っても差し支えないのではないか、そんな心境になってしまって、涙が止まらなくなっていた。
その日は朝から大変だった。電話番の三輪ちゃんは風邪で休むし、依頼の電話は次々かかるし、昨日の仕事の書類もあるし、そういう時に限って滅多に来ない警察の見回りも来るしで、自分が今何をやっているのかもわからないほどだった。
すこしだけ休むことにする。
溜まった作業は取りあえずは置いといて、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。ちょっとした茶菓子を持って、仕事スペースから離れて、一杯飲む。コーヒーの香りに没頭している時間が束の間の休憩である。
ふ、と顔を上げて天井を見る。天井にはいくつかの穴が空いている。一つや二つは屋根まで通っているんじゃないかな。リフォームを勧められるが、この跡だけは取っておきたい。
銃なんて本物を目の前にするのはあれが初めてだった。
まだ素人だったころ、散歩の途中で逃げてしまった飼い犬が見つからず、いよいよこの探偵事務所のドアを叩いた。
綾乃がいた。
背の高いスラリとした細身の女で、体の線がわかるようなスーツを着ていた。眼鏡の奥にはキツい目が光っていた。
中学生だった俺はすっかり魅せられてしまい、押しかけるように事務所に通うようになった。
あの日、逃げた俺の犬が見つかった。保護していた家取り戻した綾乃だったが、だがその家が不味かった。御礼参りとかで武装した男達が事務所に押しかけ、俺から強引に犬を取り上げようとしたところで、綾乃と乱闘になった。
綾乃は強かった。
だが、俺がいた。俺をかばいながらは戦いにくかっただろう。
とうとう相手は銃を取り出し、綾乃と天井を打ち抜いた。
そうまでしてどうして俺の犬が狙われなければならなかったのか。綾乃はなぜ撃たれなければならなかったのか。
獣医に犬を診てもらってもわからなかった。
俺は手掛かりを見つけなければならない。あの事務所が、どうやら女衒みたいなことに手を出しているっぽいところまではわかった。三輪ちゃんに一晩粘ってもらって、ようやく尻尾を掴めた。無理をさせてしまい、三輪ちゃんは今日は風邪だ。この女衒稼業がヒントになるかは分からないが、まずはここから。
気合を入れて、俺は電話が鳴る事務所へと戻っていった。
サマンサは気のいい少女である。いつも笑顔で周囲を温かくさせる。サマンサが困っていたり悩んでいたり、怒ったりしているところをブライアンは見たことがなかった。
「サマンサ」
「ブライアン、ほら、これがその葉っぱだよ」
笑顔で教えてくれるが、「その」がどれだかは分からない。頭の中での想像は他人とは共有できない、という理解がいまひとつできないのだ。
「風が冷たくなってきた。中に入ろう」
それでもブライアンは、サマンサが自分の大事なものを教えてくれたのは分かった。それが嬉しかった。
その施設には、程度が様々な障害がある子供が暮らしていた。訓練を受けて自立を目指せる子もいれば、一生にわたってサポートを必要とする子もいる。
サマンサは運動能力は問題なく、手先も器用で、人とのコミュニケーションも取れる。
だが、他人の怖さを知らない。
それはそれで、彼女のこれまでの人生の幸福さと幸運さを表すものなのだが、世間というものがそれだけで済まないことは自明である。彼女の明るさを損なわずに世間の荒波を越えられるようにしてあげられるのか。
その日は外出日だった。付添人とともに街に出て、物を買ったり喫茶店に入ったり、観劇することもある。
丁度市場が開かれる期間だったので、ブライアンはサマンサに付き添って市場へ向かった。
物を買う人や売る人が集まり、ざわめきが地鳴りのように響いていた。
サマンサは臆することもなく、楽しそうにあちこち店を眺めていた。
「やあ、可愛いお嬢さんだね、買っていかない?」
恰幅がある男が笑顔で誘う。
サマンサは店先の帽子を眺め、
「これにする!」
と一つの帽子を選んだ。
つばの広い、往年の女優が被っていたような、白い優雅な帽子。
鏡を眺めてうっとりしているサマンサをよそに、ブライアンが値段を確かめると目が飛び出そうな価格。サマンサが自由に使える予算を遥かに越えている。見るとどの帽子もそれなりの値段だった。
店主にひっそりと予算オーバーであることを伝えるが、
「知らねぇよ、買うのはそっちのねぇちゃんだろ。足りなきゃあんたが肩代わりしろよ」
とにべもない。呼び込みの態度とは打って変わり、気怠そうに答える。目の奥の蔑むような色を見て気が付いた。
サマンサに冷静に物を選ぶ能力が無いと察して呼び込んだんだ。ブライアンは指を力を込めて握り込む。思いを外に出さないで、拳に溜め込むかのように。
努めて冷静にサマンサに話しかける。
「サマンサ、その帽子は君に合って素敵だけど、予算が足りないんだ。残念だけど」
サマンサの笑顔はみるみる萎み、俯いてブライアンの後を付いて行った。
結局市場では何も買わず、施設に帰ってもサマンサは呆けたように座り込んでいた。
いつもとは異なる様子に、他のスタッフも入居者達も心配を隠せなかった。
しばらく部屋を後にしていたブライアンが戻ってきた。手にはボール紙と白い布。サマンサの頭にボール紙を巻き、サイズを合わせて布を被せる。ボール紙の円周にさらにボール紙を巻き、外側に広げ、布を垂らす。
と、どうだろう。つばの広い帽子が出来上がった。
サマンサは顔を輝かせて帽子を被る。売り物の品質には遠く及ばないが、それでもサマンサは嬉しそうにクルクルと回っていた。
「ありがとう、ブライアン、ありがとう!」
満面の笑みに、ブライアンは自分の方が何かをしてもらったかと思うように、嬉しかった。
このまま、彼女のサポートを続けていくのも悪くないな、とどこかで思っていた。
どうしてこんなことになったのだろう。このままここを立ち去って、無かったことにできればまたあの日常に戻れるのではないかと一瞬望みを抱いてしまう。そうなればどれだけ助かることか。
だが。
既に目の前には死体があって、僕の両手は血に塗れている。ナイフの柄には指紋が付いているだろうし、僕の左手の傷の血だってここに残っている。彼女が来たのは他の部屋の住民の誰かが見ただろうし、何よりこの部屋は僕の部屋だ。
これで逃げても、部署の皆は彼女が僕に迫っていたのは知っていたし、科長に相談もしてしまっていた。彼女がこの場所で死んでいて、それが僕と結びつかない筈はない。
なにより、ミカが。ミカには知られなくなかった。些細なことでもすぐに傷付き何時間でも泣き出すミカに知られることが怖くて、また必死に宥めなければならないことを恐れて、彼女のことも必死に隠していた。それがどうだ。こんな形で露見してしまうとは。
彼女が悪いのだ。僕がここまでするとは思わなかったんだろう。スマホを取り上げ、ミカのアドレスを示し、電話をしろ、別れろ、さもなければ殺すと。
ナイフは彼女が持ってきた。本当に振りかざすとは思わなかった。咄嗟に庇った左腕を切り裂き出た僕の血に、彼女は一瞬躊躇した。そこからナイフを奪い、気づいた時には滅多刺しにしてしまっていた。
殺すと、言われた。だがそれは二人きりの時だった。その発言さえ証明できれば或いは、と思うけど、証拠となるものは何も無い。
過ぎた日を思うと、なんと眩しいことか。不満はあれども仕事があり、心が不安定な恋人は居て、友達も、両親も何時でも僕の帰りを歓迎してくれる。
その全てをこの手で壊してしまった。
彼女が僕に好意を寄せていたのは気づいていた。一緒に食事に誘われた、あの時にはっきりと断っていさえすれば。飲みになんて誘わなければ。そのままホテルに行きさえしなければ。
彼女の笑顔が可愛かった。何時でも明るく、なんの気遣いもしないで済むのが楽だった。あの笑顔に癒され、もっと見ていたかった。
ミカに別れを切り出すなんてできなかった。そんなことをしたら、また傷付き落ち込んで、僕に縋り付いてくる。
何とか、何とかこのまま、などと考えていた僕が愚かだった。
何時までもこのままなんて出来っこないのに。
職場のみんなに、友達に、両親に、怒られるだろう、呆れられるだろう、心配かけるだろう。
それが怖かった。
そうして逃げに逃げた結果がこの有様だ。彼女の両親や友達から、彼女を奪ってしまった。僕の人生もこれまでとは違ってしまうだろう。
これでいいのだろう?君は僕の人生に大きな傷跡を遺したのだ。
昏く振り切れた気分で、僕はスマホの番号を押した。