その日は朝から大変だった。電話番の三輪ちゃんは風邪で休むし、依頼の電話は次々かかるし、昨日の仕事の書類もあるし、そういう時に限って滅多に来ない警察の見回りも来るしで、自分が今何をやっているのかもわからないほどだった。
すこしだけ休むことにする。
溜まった作業は取りあえずは置いといて、コーヒーメーカーでコーヒーを淹れる。ちょっとした茶菓子を持って、仕事スペースから離れて、一杯飲む。コーヒーの香りに没頭している時間が束の間の休憩である。
ふ、と顔を上げて天井を見る。天井にはいくつかの穴が空いている。一つや二つは屋根まで通っているんじゃないかな。リフォームを勧められるが、この跡だけは取っておきたい。
銃なんて本物を目の前にするのはあれが初めてだった。
まだ素人だったころ、散歩の途中で逃げてしまった飼い犬が見つからず、いよいよこの探偵事務所のドアを叩いた。
綾乃がいた。
背の高いスラリとした細身の女で、体の線がわかるようなスーツを着ていた。眼鏡の奥にはキツい目が光っていた。
中学生だった俺はすっかり魅せられてしまい、押しかけるように事務所に通うようになった。
あの日、逃げた俺の犬が見つかった。保護していた家取り戻した綾乃だったが、だがその家が不味かった。御礼参りとかで武装した男達が事務所に押しかけ、俺から強引に犬を取り上げようとしたところで、綾乃と乱闘になった。
綾乃は強かった。
だが、俺がいた。俺をかばいながらは戦いにくかっただろう。
とうとう相手は銃を取り出し、綾乃と天井を打ち抜いた。
そうまでしてどうして俺の犬が狙われなければならなかったのか。綾乃はなぜ撃たれなければならなかったのか。
獣医に犬を診てもらってもわからなかった。
俺は手掛かりを見つけなければならない。あの事務所が、どうやら女衒みたいなことに手を出しているっぽいところまではわかった。三輪ちゃんに一晩粘ってもらって、ようやく尻尾を掴めた。無理をさせてしまい、三輪ちゃんは今日は風邪だ。この女衒稼業がヒントになるかは分からないが、まずはここから。
気合を入れて、俺は電話が鳴る事務所へと戻っていった。
10/8/2024, 11:44:46 PM