シュグウツキミツ

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サマンサは気のいい少女である。いつも笑顔で周囲を温かくさせる。サマンサが困っていたり悩んでいたり、怒ったりしているところをブライアンは見たことがなかった。
「サマンサ」
「ブライアン、ほら、これがその葉っぱだよ」
笑顔で教えてくれるが、「その」がどれだかは分からない。頭の中での想像は他人とは共有できない、という理解がいまひとつできないのだ。
「風が冷たくなってきた。中に入ろう」
それでもブライアンは、サマンサが自分の大事なものを教えてくれたのは分かった。それが嬉しかった。

その施設には、程度が様々な障害がある子供が暮らしていた。訓練を受けて自立を目指せる子もいれば、一生にわたってサポートを必要とする子もいる。
サマンサは運動能力は問題なく、手先も器用で、人とのコミュニケーションも取れる。
だが、他人の怖さを知らない。
それはそれで、彼女のこれまでの人生の幸福さと幸運さを表すものなのだが、世間というものがそれだけで済まないことは自明である。彼女の明るさを損なわずに世間の荒波を越えられるようにしてあげられるのか。

その日は外出日だった。付添人とともに街に出て、物を買ったり喫茶店に入ったり、観劇することもある。
丁度市場が開かれる期間だったので、ブライアンはサマンサに付き添って市場へ向かった。
物を買う人や売る人が集まり、ざわめきが地鳴りのように響いていた。
サマンサは臆することもなく、楽しそうにあちこち店を眺めていた。
「やあ、可愛いお嬢さんだね、買っていかない?」
恰幅がある男が笑顔で誘う。
サマンサは店先の帽子を眺め、
「これにする!」
と一つの帽子を選んだ。
つばの広い、往年の女優が被っていたような、白い優雅な帽子。
鏡を眺めてうっとりしているサマンサをよそに、ブライアンが値段を確かめると目が飛び出そうな価格。サマンサが自由に使える予算を遥かに越えている。見るとどの帽子もそれなりの値段だった。
店主にひっそりと予算オーバーであることを伝えるが、
「知らねぇよ、買うのはそっちのねぇちゃんだろ。足りなきゃあんたが肩代わりしろよ」
とにべもない。呼び込みの態度とは打って変わり、気怠そうに答える。目の奥の蔑むような色を見て気が付いた。
サマンサに冷静に物を選ぶ能力が無いと察して呼び込んだんだ。ブライアンは指を力を込めて握り込む。思いを外に出さないで、拳に溜め込むかのように。
努めて冷静にサマンサに話しかける。
「サマンサ、その帽子は君に合って素敵だけど、予算が足りないんだ。残念だけど」
サマンサの笑顔はみるみる萎み、俯いてブライアンの後を付いて行った。

結局市場では何も買わず、施設に帰ってもサマンサは呆けたように座り込んでいた。
いつもとは異なる様子に、他のスタッフも入居者達も心配を隠せなかった。
しばらく部屋を後にしていたブライアンが戻ってきた。手にはボール紙と白い布。サマンサの頭にボール紙を巻き、サイズを合わせて布を被せる。ボール紙の円周にさらにボール紙を巻き、外側に広げ、布を垂らす。
と、どうだろう。つばの広い帽子が出来上がった。
サマンサは顔を輝かせて帽子を被る。売り物の品質には遠く及ばないが、それでもサマンサは嬉しそうにクルクルと回っていた。
「ありがとう、ブライアン、ありがとう!」
満面の笑みに、ブライアンは自分の方が何かをしてもらったかと思うように、嬉しかった。
このまま、彼女のサポートを続けていくのも悪くないな、とどこかで思っていた。

10/8/2024, 12:24:19 AM