中宮雷火

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2/14/2025, 2:49:40 PM

【未来からの感謝状】

死にたいと思った日の朝、ポストに手紙が入っていた。
「結宛に封筒が届いてるわよ?」
朝ご飯を食べにリビングへ向かうと、お母さんから封筒を渡された。
受け取った封筒には、確かに私の名前が書いてあった。
誰だろう?
そう思いつつ封筒を開けると、中には1枚の手紙が入っていた。

8:15。
学校へ向かう時間だ。
しかし、別に学校に行く気など無かった。
家から一歩踏み出したものの、その足は学校とは真反対の方向に向いていた。
ズル休み。
そんなことは分かっているけど。
学校に、どうしても行きたくなかった。
私には友達なんか一人もいなくて、いつも陰口を言われているから、学校に行く気になれなかった。
昨日までは頑張っていた。
けれど、もう無理だった。
今日の夕方、どこかでひっそりと死ぬつもりだ。

8:30。
罪悪感と心地よくない解放感を抱えて向かった先は、小さな公園だった。
遊具が少しだけある、人気のない公園。
私は滑り台に腰掛けて、天を仰いだ。
私は、この先どうなるのだろうか。
ただ不安しか無かった。

そういえば、まだ手紙読んでないや。
ふと思い出し、今朝届いたばかりの手紙を鞄から取り出した。
差出人は……自分?
私は目を擦ってみたが、差出人の名前はやはり自分だった。
こんな手紙、自分宛に書いたっけ?
記憶を辿ってみたが、自分宛に手紙を書いた記憶は一切無かった。
とりあえず、読んでみるか。
そう思って、私は手紙に目を通した。


拝啓

空が高く、雲がくっきり見える、すがすがしい季節ですね。
学校に行く気になれない貴方は、今頃は学校と反対方向にある公園でこの手紙を読んでいるのでしょう。

私は25歳の貴方です。
今は大手の広告代理店で、毎日楽しく仕事をしています。
今回、私がこの手紙を書いた理由は、貴方に感謝を伝えるためなのです。
死にたいと思ったにも関わらず、生きることを選んでくれた貴方に感謝しています。 
あれからというものの、確かに苦しいことはありますが、とても楽しい日々を送ることができています。
生きていれば良いことがある、なんて無責任な言葉ですが、生きることを選んでみると、案外楽しいこともあるのですね。

もうじき寒くなるので、お体にはお気をつけください。
生きてくれて、ありがとう。
                  敬具
令和七年十月十八日
                 原結衣
原結衣様


私の目から、涙が零れ落ちていた。
「生きてくれてありがとう」なんて、ちゃんと言われたことあったっけ。
1時間くらい、涙が止まらなかった。
今日は、死ぬの中止。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
25歳になって数ヶ月経ったある日、「過去の自分に手紙を書いてみませんか?」と声を掛けられた。
現在の私といえば、大手の広告代理店で働く毎日だ。
忙しいけど、やりがいがあって楽しい。
何より、仲間がいることに安心感を持っていた。
「実は、『過去への手紙プロジェクト』というものを行なっていて、色んな人に弊社のプロジェクトを体験してもらっているのです。
どうですか?興味湧きませんか?
体験してもらえたら、報酬として金券をプレゼントしますが、いかがですか?」
少し強引な誘いに感じたが、どこか魅力的なプロジェクトに惹かれ、私は過去の自分に手紙を書くことにした。

会社から指示された条件は、「10年前の自分宛の手紙であること」だった。
10年前、か。
私の脳裏には、苦しかった日々、死にたいと思っていた私が浮かんでいた。
「プライバシー配慮の観点から、弊社がお客様に書いていただいた手紙を読むことは無いのですが、手紙の大まかな内容だけ教えてもらってもいいですか?」
そう聞かれた私は、こう答えた。

「10年前の自分に、感謝を伝えようと思っています。生きてくれてありがとう、って。」 

2/11/2025, 10:27:07 AM

【心の在り処】

心は「心臓」にあると信じられていた。
だけど、本当は「脳」にあって、脳が心を機能させるらしい。
動物の心は脳にある。

ならば、植物や無生物の心はどこにあるのだろうか。
そもそも心ってあるのだろうか。

2/7/2025, 11:12:34 AM

【残像】※再掲

車で公園の前を通りかかった。
大きくは無いが、子どもたちが不自由なく走り回れるくらいの公園。
子どもたちの声がキャッキャッと響いている。
「……」
ジャングルジムを楽しそうに登っている子を見つけたとき、僕の脳裏にはあの日の記憶が流れていた。

小学3年生の時のことだ。
同級生が死んだ。
ジャングルジムからの落下による死だった。
あの日、僕はその子と一緒に遊んでいた。
まだそこまで親しいわけではなくて、ぎこちないおしゃべりをしたり、遊具で遊んだりしていた。
それで、ジャングルジムで一緒に競争したのだ。
どちらが速く頂上に辿り着けるか。
僕がリードしていた。
「ねー、たっくん速いよー」
下から声が聞こえて、僕はあの子を見下ろした。
ぎこちなく僕を呼ぶあの子の顔。
笑っていた。
負けじと上に登って、手をかけようとしたときだった。
「あっ、」
あの子は手を滑らせて、そのまま落ちた。
しばらく動かなかった。
あのとき汗はよく覚えている。
だらあっとうざったらしい汗が頬を伝った。
頭は真っ白に冷えてしまって、
何も考えられなかった。

子どもたちははしゃぎまわっている。
いいなあ。
僕は、あの時から公園に通うのを辞めた。
トラウマになってしまったからだ。
どうしても足が公園に向かなかった。
「やったー!私が一位!」
ジャングルジムの頂上にある星を女の子がタッチした。
その時、僕はまた思い出した。

救急車と警察が来た。
僕は事情聴取を受けた。
どんなふうに女の子が落ちたか。
当時の公園には防犯カメラがついていなくて、他に遊んでいる子もいなかった。
完全に僕とあの子しかいなかったので、僕しか事情を知らなかったのだ。
「手を滑らせて、落ちました。」
僕はこう答えた。
嘘はついていない。
嘘は、ついていない。

「(僕がこの子の手を蹴ったら)手を滑らせて、落ちました。」
でも、隠していることはある。

結局、この件は事故死ということになり、公園の遊具は全て撤去されることになった。
でも、これは事故じゃない。
あの子は、事故死ではない。
僕が殺した。

僕はあの子が嫌いたった。
いつもテストで100点を取っていて、自慢してくるのだ。
うざかった。
憎かった。
だから、あの時とっさにあの子の手を蹴った。
そしたら、落ちてそのまま動かなかった。
それだけだ。
僕は、嘘はついていない。
誰も真実は知らない。

僕はあの記憶を反芻していた。
彼女が落ちるときのスローモーション。
そこに映り込む僕の青いスニーカー。
君の残像。

2/6/2025, 11:05:59 AM

【モーニングルーティン】

僕の朝は早い。
5時に目覚めて、隣に君がいないことを確認した後、トイレに行く。
その後、ただぼーっとテレビを眺めながら静かに夜明けを待ち、空が段々明るくなってきたら支度を始める。
ちゃんとした朝ご飯を作ってくれる人がいないから、仕方なく菓子パンとコーヒー牛乳で腹を満たす。
7時になり、そろそろ君が起きてくる時間だろうかと寝室を覗いて、「あ、そっか、もう君はいないのか」と肩を落とす。
歯磨きと洗顔を済ませ、スーツに着替える。
8時になって、「行ってきます」と、写真の中の君に声を掛けて、仕事に行く。

【ナイトルーティン】

僕はスーパーでちょっとした惣菜を買って、家に帰った。
いつもの癖で「ただいま」と言うのだけれど、今日も部屋中に虚しく響き渡るだけだった。
電気を付けて、冷蔵庫を漁ってみる。
冷えたお茶をコップに注ぎ、買ってきた惣菜を口にする。

パジャマに着替えて、洗面所へと向かう。
歯磨き粉が減るのが遅くなった。
まあ、その分買い替える回数も減るのだけど。
顔を洗い、またよく目を凝らしてみるのだけど、鏡には僕の姿しか写っていなかった。

無駄に余白のあるダブルベッドに横たわり、
スマホを弄ること無く考え事をして時間を溶かす。
破綻したナイトルーティン。
君がいないから壊れた。

「ただいま」といえば「おかえり」と返ってきたし、
夜ご飯は惣菜なんかじゃなくて君の美味しい手料理だった。
歯磨き粉は今よりも速く減ってたし、
ダブルベッドは2人分のスペースでいつも埋まっていた。
スマホなんか弄らずに2人でずっと楽しく話していた。
全部、君のせいだ。
君がいなくなったから、僕は。

僕は電気を消して、今日を強制的にシャットダウンした。

2/5/2025, 1:09:40 PM

【心の裏】※再掲

「心って書いて、なんて読むと思う?」
当たり前じゃないか、「こころ」と読むに決まっているだろう。
「『こころ』じゃないの?」
「まあ、そうとも読むけど、別の読み方があるんだよ」
君は椅子から立ち上がり、教室の前にある黒板へと向かった。
白いチョークを手に取り、君は字を書き始めた。
カツッカツッという音が教室中に響き渡る。
僕は、それを教室の後ろから見る。

「心と書いて、『うら』と読むんだよ」
君は振り向いて言った。
「そうなんだ…」
「『心もなし(うらもなし)』って言う言葉があるんだけど、意味わかる?」
再び、君からの質問を考える。
心が無い、それすなわち……
「優しく無いってこと?」
「ちょっと違うねー。
『心もなし』っていうのはね、相手に気を遣ったり遠慮したりしないって意味なんだよ」
僕はそれを言われて、はっとした。
「……なんで、その話をしたんだよ」
すると君はふふっと笑って言った。

「私が失恋したからって、気なんか遣わないでね」

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