中宮雷火

Open App
2/4/2025, 12:15:07 PM

【枯れない愛には花束を】

かつての恋人が好きだったドライフラワーを、自分も買ってみた。
早速部屋に飾ってみると、部屋を包む陽の気を吸い取っているような気がして、それは何だか嫌だったが、部屋に新しいものが増えただけで、気分が良くなった。
 
ドライフラワーを眺めていると、かつての恋人との思い出が蘇ってきた。

恋人は、ドライフラワーを好んでいた。
恋人の部屋に行くと、棚の上にはいつもドライフラワーが飾られてあった。
どうしてそんなにドライフラワーが好きなのかは分からない。
けれど、花瓶に可愛らしく飾られているドライフラワーは、確かに恋人にピッタリだった。

結局、1年前に破局してしまった。
何年も一緒にいると、どうしても恋人とのすれ違いはあるのだ。
仕方ない。
仕方ないけれど。
ドライフラワーを眺めただけで、また恋人のことを思い出すのだから、未練が残っているのだろう。

あの時自分が何か気の利いたことを言えていたら、とか。
あの時あんな態度とらなければ良かった、とか。
ああ、この恋はとうに枯れたのかな。
そんなことを考えると、少しだけ涙が出そうになった。
そして、この感情は「恋」ではなく「愛」だということに、今更気づいてしまったのだ。

2/3/2025, 10:21:47 AM

【痛覚】

優しさが痛い。
誰かが私に向けてくれる優しさが、あまりに眩しすぎて、「痛い」と感じることがある。
ほんの些細なこと、「大丈夫だよ」とか「ありがとう」とか、たった10文字以内で済むような言葉も、私にとっては痛かったりする。

優しさに、後光が差している。

2/2/2025, 11:31:57 AM

【ラブレター】

3年前、クラスメイトの女の子からバレンタインチョコを貰った。
放課後、誰もいない教室で、
「義理チョコだからね、勘違いしないでよ」
って、小さな袋を渡された。
「開けていい?」と聞いて中身を開くと、手作りのハート型チョコが2枚と、お守りが入っていた。
「お守り、作ってくれたの?」
「だって、もうすぐ受験でしょ。
私は推薦組だからもう終わってるけど、大介くんはまだ一般受験が控えてるでしょ?
私が力になれることは少ないけど、応援したいなって」
その言葉を聞いて涙が出そうなのを我慢しながら、「ありがとう」と伝えた。

お守りに支えられながら受験した大学に無事合格し、俺にも春が来た。
そうして春が幾つか過ぎたある日、
お守りが破れてしまった。

「縫い方分かんねえや……」
偶然裂けてしまったお守りを眺めながら、俺は溜息をついた。
はあ、なんでこんなことになったんだろう。
そう思いながらお守りを手に取ると、中に何か入っていることに気づいた。
取り出してみると、小さく折りたたまれた紙があった。
「なんだ?」と思い開くと、何かが書かれていた。
その文字列を頭の中で理解した瞬間、俺は再び溜息をつき、天を仰いでしまった。

ずっと好きです。

ああ、義理チョコなんかじゃないじゃん。
本命じゃん。
俺は天を仰いだ。
連絡先、やっぱり交換しとけば良かった。

2/1/2025, 12:15:51 PM

【Bye-Bye By You】

私、分かってなかった。
「バイバイ」って言葉の、本当の意味を。
アルファベットにしたら可愛いな、なんて思っていた。
友達との別れ際に言う言葉でしか無かった。
貴方が、言葉の意味を教えたんだ。

5年前の秋だっけ、
私と貴方は初めて会ったよね。
お互い、恋に落ちていたんだよね。
きっと、そうだよね。
一目惚れだったんだよね。
お互いを好きになったんだよね。

冬にはイルミネーションを観に行ったよね。
綺麗だったよね。
空は漆黒なのに、目の前はカラフルで。
何より、貴方がいる世界は美しかった。
あんなにもカラフルだなんて、知らなかった。

夏は、2人で海に行ったよね。
大きな流木に座って、ずっとあんなことやこんなことを話したよね。
夕陽が水平線の向こうに落ちていくのを眺めたよね。
やけに太陽が速く動いてきたような気がするよ。

貴方は病気になってしまったね。
「来い」と言われなくても、「会いに行く」って言ったよ。
毎日のように言ったよ。
「来るな」と言われても、「会いに行く」って言ったよ。

貴方は、凍えるような冬の日に亡くなったね。
冷たくなった貴方の手を握って、涙を流したよ。
最後に、「バイバイ」とだけ言ってくれた。
なんて悲しい言葉なんだ、って思ったよ。
こんな言葉、無くなってしまえば良いのに。
そう思ったよ。

1/26/2025, 5:05:07 AM

【人生という物語は】

春休みに入る前の土曜日に、私とお母さんは車であるところへ行くことにした。
荷物は最小限に留める。
スマホ、財布も入れておこうか、あとはハンカチとティッシュも。
小さなバッグに次々と色々なものを詰め込んでいく。
あ、あとはこれも忘れちゃだめだ。
そう思って、私は机の上に置いてあったものもバッグに入れた。
オトウサンが使っていた日記だ。

お母さんは車の運転席、私は助手席に乗り込んた。
「じゃ、行こっか」
「うん」
エンジンがかかり、車が走り出した。
お母さんは鼻歌を歌いながら、車を走らせた。
私は、オトウサンの日記を読んだ。

「着いたよ」
お母さんの言葉で、私は顔を上げた。
目の前に見えるのは……海だ。
車から降りて、砂浜を踏みしめた。
寄せては返す波が、向こうに見えた。

私達は木のベンチを見つけて、そこに座ることにした。
座ってからしばらくは、2人とも景色を眺めるだけだった。
寄せる、返す、寄せる、返す。
そこにザァーッ、ザァーッという音が重なる。
雲がゆっくりと動いている。
その光景を、ただ見ているだけだった。

最初に口を開いたのは、お母さんのほうだった。
「ごめんね」
私はお母さんを見た。
「お父さんのこと、今まで話してなかったよね。ちゃんと話すべきだったよね」
お母さんは少し俯きながら、そう言った。
「うん……」
私は他に何も言えなかった。
再び、2人の間に静寂が訪れた。

「あのさ、」
私は意を決して口を開いた。
「私、去年の2月に日記を見つけたんだ。
オトウサンの日記」
私はバッグから日記を取り出して、お母さんに手渡した。
「これを読んで、初めてオトウサンのことを知れた。
私、オトウサンはとても強い人だと思ってた。
でもね、オトウサンはもっと繊細で、脆くて、だけど強かった。
私と何も変わらない、一人の人間だって分かったよ」
お母さんは日記を撫でるように触った。
「お母さん、本当は我慢してたんだよね?
オトウサンが死んじゃって、苦しかったけど、我慢してたんだよね」
お母さんは、涙を浮かべていた。
私は、今までお母さんの涙を一度たりとも見たことが無かった。

「海愛、」
お母さんは私の名前を呼んだ。
「一つね、海愛に知っていてほしいことがあるんだ」
「何?」
私はドキドキした。
心臓が震える音がする。
「お父さんはね、昔こう言ってたんだ。
『自分が死んだら、海洋散骨をしてほしい』って。
その言葉通り、火葬が終わってから、海洋散骨をしてもらったよ」
海洋散骨。
その言葉は聞いたことがある。
火葬した骨をパウダー状にして、海に散布するというお別れの仕方だ。
オトウサンは、海洋散骨を選んだんだ。
「海は、オトウサンのお墓ってこと?」
「うん、そうだよ。お父さんは、海にいるんだよ」
私は海を眺めた。
海は、オトウサンのお墓。
ここにオトウサンがいるんだ。
海に行けば、いつでも会えるんだ。
「ごめんね、もっと早く話すべきだった」
お母さんは涙をポロポロと流した。
悲しそうに、顔を手で覆いながら。
私はお母さんを抱き締めた。
お母さんを抱き締めると、私も何だか泣きたくなってきた。
勝手に涙が頬を伝っていた。
それから、私達はずっと涙を流した。
私達は、お互いにこの瞬間を待っていたのだ。

帰りの車内は、しんみりとした雰囲気になるかと思いきや、そうでもなかった。
2人でワイワイと話をしながら、帰路についた。
「もうすぐ春休みだぁ〜」
「でも、受験生になっちゃうじゃない」
「嫌だなぁー。
でも自分が選んだ道だから、頑張らなくちゃね」
そうだった、私は受験生になるんだ。
その事実を突きつけられると、胸が痛い。
受験はもちろん嫌なのだけど、それ以上に嫌なのは友達と離れることだ。
かのんちゃんも、あいりちゃんも、卒業したらお別れすることになる。
私は地元の、かのんちゃんは東京の、あいりちゃんは大阪の大学に進学する。
3人とも、別々の場所に行ってしまう。
今の時代、メールでのやりとりは出来るけれど、
やっぱり友達と離れるのは悲しいものだ。



その日の夜。
私は布団に入り、目を閉じた。
だけど、中々眠りにつくことが出来ない。
あまりにも寝付きが悪いものだから、私はオトウサンの日記でも読んで暇つぶしをしようと考えた。
机においてある日記を手に取り、適当にページを開いた。

―――――――――――――――――――――
2007/12/01
子供が生まれた。
ああ、我が子ってこんなに可愛いんだな。
産声が聞こえてきたとき、どんなに嬉しかったことか。
遥が無事に元気な赤ちゃんを産んでくれた安堵、
大切な存在がもう一人できた事への喜び。
本当にパパになれるのだろうかという不安。
旦那の役目さえ全うできていない僕が、
パパの役目など果たせるのか。
でも、
「最初からパパになれる人なんていない」
そう君が言ってくれたから。
この命が燃え尽きるまで、妻を、この子を愛したい。
愛してみせる。
―――――――――――――――――――――

私が生まれた日の日記だ。
やっぱりオトウサンは、私のことをちゃんと愛してくれているんだと思う。
この日の日記が、いちばん好きだ。

そして、この日記には続きがある。

―――――――――――――――――――――
あっ、
名前は2人で話し合って、
「海愛(みあ)」にしようと思っている。
僕達には海での思い出がたくさんあるから、
いつか3人で海に行きたいな、なんて考えたり。
とにかく、愛のある子に育ってくれること、
それが何よりの願いだよ。
―――――――――――――――――――――

海愛。
これは私の名前だ。
海愛。
……そういえば、私の名前の由来は何だっけ。
私はふと思った。
小学校の時に、名前の由来を調べる宿題があったような気がする。
何だっけ……
私はしばらく考えて、「あっ!」と思い出した。

それは小学3年生の時だったと思う。
お母さんに、自分の名前の由来を聞いたのだ。
「私の名前の由来ってなあに?」
お母さんはニコッと微笑んで、こう答えてくれた。

「お父さんとお母さんは、海が好きだったんだ。
優しくて、強い海が大好きだった。
だからね、海愛もそんな子に育ってほしいと思って、名前を付けたんだ」

お母さんは、珍しくオトウサンの名前を出した。
優しくて、強い海ってなんだろう。
今までそれが疑問だった。
でも、何となく分かるかも。
上手く言葉に出来ないけれど。

ああ、私の名前は素敵だ。
海を愛すると書いて、海愛。
海は、オトウサンとお母さんを繋ぐもの。
海は、オトウサンのお墓。
海は、私達家族の拠り所。
やっと分かったよ。
私の名前の美しさが、やっと分かったよ。

私は窓の向こうを見た。
暗い夜の遠くに、港が見える。
あそこの海に、オトウサンがいる。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ずっと思っていたことがある。
「人生は物語に似ている」っていうことだ。
人生は1つの出来事で、ロマンチックにもドラマチックにも彩ることが出来るのだ。
オトウサンの人生は、「病死」という悲劇的な終わり方だった。

人が死んだらどうなるかって、そんなの誰にも分からないけれど、
人には2つの死があるらしい。
1つは肉体的な死。
もう1つは、忘れられることによる死。
オトウサンは、肉体的な死を迎えたけれど、忘却による死は迎えていない。
オトウサンの事を覚えている人は、沢山いる。

だから、オトウサンの物語は終わってなんかいないと思うのだ。


Fin.
次回作を楽しみにお待ちください。

Next