中宮雷火

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2/7/2025, 11:12:34 AM

【残像】※再掲

車で公園の前を通りかかった。
大きくは無いが、子どもたちが不自由なく走り回れるくらいの公園。
子どもたちの声がキャッキャッと響いている。
「……」
ジャングルジムを楽しそうに登っている子を見つけたとき、僕の脳裏にはあの日の記憶が流れていた。

小学3年生の時のことだ。
同級生が死んだ。
ジャングルジムからの落下による死だった。
あの日、僕はその子と一緒に遊んでいた。
まだそこまで親しいわけではなくて、ぎこちないおしゃべりをしたり、遊具で遊んだりしていた。
それで、ジャングルジムで一緒に競争したのだ。
どちらが速く頂上に辿り着けるか。
僕がリードしていた。
「ねー、たっくん速いよー」
下から声が聞こえて、僕はあの子を見下ろした。
ぎこちなく僕を呼ぶあの子の顔。
笑っていた。
負けじと上に登って、手をかけようとしたときだった。
「あっ、」
あの子は手を滑らせて、そのまま落ちた。
しばらく動かなかった。
あのとき汗はよく覚えている。
だらあっとうざったらしい汗が頬を伝った。
頭は真っ白に冷えてしまって、
何も考えられなかった。

子どもたちははしゃぎまわっている。
いいなあ。
僕は、あの時から公園に通うのを辞めた。
トラウマになってしまったからだ。
どうしても足が公園に向かなかった。
「やったー!私が一位!」
ジャングルジムの頂上にある星を女の子がタッチした。
その時、僕はまた思い出した。

救急車と警察が来た。
僕は事情聴取を受けた。
どんなふうに女の子が落ちたか。
当時の公園には防犯カメラがついていなくて、他に遊んでいる子もいなかった。
完全に僕とあの子しかいなかったので、僕しか事情を知らなかったのだ。
「手を滑らせて、落ちました。」
僕はこう答えた。
嘘はついていない。
嘘は、ついていない。

「(僕がこの子の手を蹴ったら)手を滑らせて、落ちました。」
でも、隠していることはある。

結局、この件は事故死ということになり、公園の遊具は全て撤去されることになった。
でも、これは事故じゃない。
あの子は、事故死ではない。
僕が殺した。

僕はあの子が嫌いたった。
いつもテストで100点を取っていて、自慢してくるのだ。
うざかった。
憎かった。
だから、あの時とっさにあの子の手を蹴った。
そしたら、落ちてそのまま動かなかった。
それだけだ。
僕は、嘘はついていない。
誰も真実は知らない。

僕はあの記憶を反芻していた。
彼女が落ちるときのスローモーション。
そこに映り込む僕の青いスニーカー。
君の残像。

2/6/2025, 11:05:59 AM

【モーニングルーティン】

僕の朝は早い。
5時に目覚めて、隣に君がいないことを確認した後、トイレに行く。
その後、ただぼーっとテレビを眺めながら静かに夜明けを待ち、空が段々明るくなってきたら支度を始める。
ちゃんとした朝ご飯を作ってくれる人がいないから、仕方なく菓子パンとコーヒー牛乳で腹を満たす。
7時になり、そろそろ君が起きてくる時間だろうかと寝室を覗いて、「あ、そっか、もう君はいないのか」と肩を落とす。
歯磨きと洗顔を済ませ、スーツに着替える。
8時になって、「行ってきます」と、写真の中の君に声を掛けて、仕事に行く。

【ナイトルーティン】

僕はスーパーでちょっとした惣菜を買って、家に帰った。
いつもの癖で「ただいま」と言うのだけれど、今日も部屋中に虚しく響き渡るだけだった。
電気を付けて、冷蔵庫を漁ってみる。
冷えたお茶をコップに注ぎ、買ってきた惣菜を口にする。

パジャマに着替えて、洗面所へと向かう。
歯磨き粉が減るのが遅くなった。
まあ、その分買い替える回数も減るのだけど。
顔を洗い、またよく目を凝らしてみるのだけど、鏡には僕の姿しか写っていなかった。

無駄に余白のあるダブルベッドに横たわり、
スマホを弄ること無く考え事をして時間を溶かす。
破綻したナイトルーティン。
君がいないから壊れた。

「ただいま」といえば「おかえり」と返ってきたし、
夜ご飯は惣菜なんかじゃなくて君の美味しい手料理だった。
歯磨き粉は今よりも速く減ってたし、
ダブルベッドは2人分のスペースでいつも埋まっていた。
スマホなんか弄らずに2人でずっと楽しく話していた。
全部、君のせいだ。
君がいなくなったから、僕は。

僕は電気を消して、今日を強制的にシャットダウンした。

2/5/2025, 1:09:40 PM

【心の裏】※再掲

「心って書いて、なんて読むと思う?」
当たり前じゃないか、「こころ」と読むに決まっているだろう。
「『こころ』じゃないの?」
「まあ、そうとも読むけど、別の読み方があるんだよ」
君は椅子から立ち上がり、教室の前にある黒板へと向かった。
白いチョークを手に取り、君は字を書き始めた。
カツッカツッという音が教室中に響き渡る。
僕は、それを教室の後ろから見る。

「心と書いて、『うら』と読むんだよ」
君は振り向いて言った。
「そうなんだ…」
「『心もなし(うらもなし)』って言う言葉があるんだけど、意味わかる?」
再び、君からの質問を考える。
心が無い、それすなわち……
「優しく無いってこと?」
「ちょっと違うねー。
『心もなし』っていうのはね、相手に気を遣ったり遠慮したりしないって意味なんだよ」
僕はそれを言われて、はっとした。
「……なんで、その話をしたんだよ」
すると君はふふっと笑って言った。

「私が失恋したからって、気なんか遣わないでね」

2/4/2025, 12:15:07 PM

【枯れない愛には花束を】

かつての恋人が好きだったドライフラワーを、自分も買ってみた。
早速部屋に飾ってみると、部屋を包む陽の気を吸い取っているような気がして、それは何だか嫌だったが、部屋に新しいものが増えただけで、気分が良くなった。
 
ドライフラワーを眺めていると、かつての恋人との思い出が蘇ってきた。

恋人は、ドライフラワーを好んでいた。
恋人の部屋に行くと、棚の上にはいつもドライフラワーが飾られてあった。
どうしてそんなにドライフラワーが好きなのかは分からない。
けれど、花瓶に可愛らしく飾られているドライフラワーは、確かに恋人にピッタリだった。

結局、1年前に破局してしまった。
何年も一緒にいると、どうしても恋人とのすれ違いはあるのだ。
仕方ない。
仕方ないけれど。
ドライフラワーを眺めただけで、また恋人のことを思い出すのだから、未練が残っているのだろう。

あの時自分が何か気の利いたことを言えていたら、とか。
あの時あんな態度とらなければ良かった、とか。
ああ、この恋はとうに枯れたのかな。
そんなことを考えると、少しだけ涙が出そうになった。
そして、この感情は「恋」ではなく「愛」だということに、今更気づいてしまったのだ。

2/3/2025, 10:21:47 AM

【痛覚】

優しさが痛い。
誰かが私に向けてくれる優しさが、あまりに眩しすぎて、「痛い」と感じることがある。
ほんの些細なこと、「大丈夫だよ」とか「ありがとう」とか、たった10文字以内で済むような言葉も、私にとっては痛かったりする。

優しさに、後光が差している。

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