【極夜】
あ、花火上がった。
僕は家のベランダから大きな花火を眺めた。
赤と黄色、それと白を含んだ流線状の光たち。
花火は英語でfireworksというけれど、確かに火が働いているように思う。
火が自分の意思で動いている。
僕はコーラを一口飲むと、部屋に戻った。
窓を閉め切っても、花火が打ち上がる音は貫通してきた。
昔はこの音が苦手だったけど、今ではなんてことない。
僕はパソコンを開くと、作曲に取り掛かった。
アコースティックギターの録音はできそうにないから、新しい曲の構想でもしようか。
僕は新しいプロジェクトを開いて、手始めにドラムの音を打ち込んだ。
ドッ ドッ ドッ ドッ
チッ チッ チッ チッ
タン タン
ヘッドフォンを通じて小気味よいドラムの音を聴く。
思えば、誰かと花火大会に行ったことはないな。
僕はふとそんなことを考えた。
最後に行ったのはいつだっけ。
中3のとき、家族と行ったっきりではないか?
友達や恋人と花火を見たことなど1度もない。
学生時代(今も学生だけど)は学校でひとりぼっちだった。
いじめられていたわけではないが、人よりも才能のない僕は友達を作ることができなかった。
勉強ができるやつ、人と話すのが得意なやつ、歌が上手いやつ、絵が上手いやつ、性格良くて優しいやつ、など。
僕の周りはスペックが高かった。
それに対して僕は、勉強もそんなにできず、人と話すのが苦手で、歌は下手だし、絵も下手だし、性格は捻くれている。
僕に取り柄などない。
そう思っていた。
だけど、あるバンドの曲を聴いたことで一気に変わった。
かっこいい。
この人達みたいになりたい。
初めて抱いた憧れだった。
バンドを組むにはコミュニケーション能力が足りなかったので、作曲してみることにした。
いわゆるDTMだ。
加えて、ギターも始めてみた。
最初は難しかったけど(そして今も難しいけど)、何だか楽しく感じたのだ。
そうして今、ひとりぼっちの1/3人前ミュージシャンは6年目に突入している。
そんな僕だが、2年ほど前からネットに動画投稿している。
そしてびっくりするのは、再生数が100回以上の動画がほとんどだということだ。
素人にしてはかなり高いほうではないか?
しかし、500回の壁は高い。
1000回など夢のまた夢だ。
なので、親からは就活を急かされている。
大学2年生なので猶予はあるが、人生の夏休み中が終わるのもそう遠くはない。
おまけに、友達や恋人は全くできていない。
なので、花火大会やクリスマスは家で静かに過ごすしかないのだ。
華のない人生だなぁ、
僕はずっと負けた気がして悔しかった。
ずっと僕には、ある種の劣等感がつきまとっているのだ。
そして孤独感も。
疎外感も味わってきた。
外に咲く花を眺めながら、僕は思う。
誰かと眺める花火はさぞかし綺麗なんだろうなぁ、と
僕は目の前のパソコンに視線を戻し、ドラムの音を打ち込み続けた。
「誰かの為に生きなくたっていいんだよ、
自分の為に生きても良いんだよ」
そう言ってくれる人がいるだろうか。
私は、言えるのだろうか。
あなたは、言えるのだろうか。
【鉄格子より】
いつか、この鳥籠から出たい。
ずっと、ずっとそう思っていた。
私の家は、正直家庭環境があまり良くなかった。
母親は毎晩のように男を連れて来ては、
「あんたは邪魔。外に出てろ。」
と私を追い出した。。
父親は酒癖が荒い。
暴力を振るわれることもあった。
いわゆるアルコール中毒というやつだろう。
私は奴らのおもちゃだった。
私が痛がるのを見るのが好きらしかった。
手を加えるのも。
料理の支度が1分でも遅ければ、
「何をノロノロしてんだこのバカが!」
と、何度もぶたれ、蹴られた。
もちろん、保護者の同意が必要な書類などはサインしてもらえるはずが無かった。
私はずっとあざだらけだった。
毎日のように殴られるので、あざはいつまで経っても消えなかった。
それどころか、どんどん増えていった。
そんな見た目のせいで、私は学校でいじめを受け続けていた。
「あざばっかりで痛そーwww」
「なんていうか、かわいそうだねw」
担任の先生ですら、私を差別した。
親(親だと思ったことはない)による暴力について相談したとき、
「あぁ、えっと、その…、スパルタキョウイクなんだな!」
と返された。
なんだよスパルタキョウイクって。
スパルタという言葉で援護できるものじゃないよ。
こいつ、何もわかってない。
悔しかった。
悲しかった。
何より、もう希望などないと、鳥籠から出られないとさえ思った。
好きな人が居た。
同じクラスだった相木くん。
イケメンだし、勉強もスポーツも出来て、しかもこんな私にも優しく接してくれた。
本気で好きだった。
放課後、体育館裏に呼び出して告白したことがある。
絶対付き合いたい、だって好きだから。
だけど、相木くんからは
「ごめん、その、なんていうか、菜々子ちゃんといるのは、難しいというか、まだ友達のままで居たい…」
と返された。
どうせ、私の家庭環境を知っているから付き合いたくないんだろ。
その後、ずっと泣いた。
こんな私にも、1人だけ協力者が居た。
母方のおばあちゃんだ。
暴力やいじめを受けた私の、いちばんの理解者だった。
保護者のサインが必要な書類は、全ておばあちゃんに書いてもらった。
大学に行きたいと言えば、
「ウン百万ほど貯めてあるよ。菜々子ちゃんの人生のために、大切に使いなさいね」
と、学費まで全て用意してくれた。
おばあちゃんの力では家庭環境をどうすることも出来なかったけど、いつも私の味方をしてくれて、私を唯一人間として育ててくれた。
感謝してもしきれないほど、私に協力してくれた。
おばあちゃんのお陰で、私は第一志望の大学に合格する事が出来た。
国内有数の難関国立大学に入学した。
けれど、私の入学式の写真をおばあちゃんが見ることは無かった。
老衰で亡くなった。
大学に入ってからは一人暮らしを始めた。
親(アホ)からは
「俺らの飯は誰が作るんだよ!」
と、怒鳴られた。
けれど、そんなことは知らない。
私はお前らの召使じゃない。
大学の授業は、想像を絶するほど難しかった。
わけの分からない教授の話を延々と聞かされ、
わけの分からない問題をテストに出してきた。
友達がいれば気が楽だったかもしれないが、地方からやってきた私にとって「友達」「先輩」は無縁な存在となってしまった。
親からの仕送りは当然ないので、バイトを始めた。
おばあちゃんが用意してくれたお金では足りないと感じたからだ。
ハンバーガーチェーンで働き始めた。
最初はとてもやりがいを感じた。
初めて自分で得たお金、お客様の笑顔。
それらがモチベーションだった。
しかし、バイトを始めて半年後。
店長によるパワハラが始まった。
「なんでこんなこともできないの?」
「君って要領悪いね」
「こんなこともできないんだぁ、」
「こんなんじゃ生きていけないよね?」
説教を超えたレベルのことをされた。
ビンタされたこともある。
一人暮らしを始めたのに、これじゃああの時と同じじゃないか。
だけど、生活費のためにもバイトを辞めることはできなかった。
就活が始まった。
何十社も面接を受け、その度に
「残念ながら、今回はご縁がなかったということで…」
という言葉を聞かされた。
それでも根気強く続けた。
そうしたら、1社だけ受かった。
事務仕事だ。
よかった。受かった。
そう安堵したのも束の間、激務に襲われることになった。
こなしても終わらない仕事、
長引く残業、
お局の悪口、
上司からの圧、
耐えられなかった。
辞めたいとも思った。
だけど、面接でやっと合格した会社だ。
辞めたときのリスクが大きいことなんて重々承知していた。
終電ギリギリの電車に揺られながら考えた。
鳥籠から出ても、結局楽しくなど無かった。
現に、他の人の顔の疲れ方が証明している。
私だって、この人たちとおんなじようだ。
私は悟った。
私は鳥籠から出ていない。
この世界こそが鳥籠なのだ、と。
【ユウジョウ】
私には、友達が居なかった。
そして、今もいない。
学生時代はずっと独りぼっちだった。
誰にも話しかけられず、教室の隅っこで本を読んでいた記憶しかない。
通学路で二人組の女の子とすれ違った事がある。
二人はかなり親しく話していた。
「え、○○君の事好きなの!?」
「うん、実はね。あ、他の人には言わないでね?」
「大丈夫、絶対言わないよ(メールでみんなに伝えちゃおう)」
ああ、これがシンユウってやつか。
国語の点数が、かなり悪かった。
当然落ち込んで、とぼとぼと家に帰ったことがある。
その時、四人組の男の子とすれ違った。
「お前、テストの点数何点だった?」
「やらかしたー、42点」
「えぇぇ、勝った!(こいつ低くね?バカだなー)」
「え、何点だったの?」
「63点!」
「高くね!?」
「俺23点だったwww」
「まじかよー(めっちゃ低いじゃんwwwこいつもバカだなー)」
「じゃ、今度俺んちで国語の勉強会やろーぜ!」
ああ、これもまたシンユウってやつか。
大学生になった今、6畳半の部屋で改めて思う。
トモダチ、欲しいなあ。
ユウジョウ、欲しいなあ。
【ネリネの海賊】
香りは、聴くものらしい。
そんなことを最近知った。
香りに耳を当てて、味わうこと。
それが「香ること」らしい。
「お嬢ちゃん、こんなところでどうしたの?」
はっとして上を見ると、安っぽい海賊らしき人が立っていた。
「ううん、何でもない。」
「そうかい、それなら良かった」
本当は、何でもないわけでは無かった。
食べ物が尽きてしまったのだ。
ここ3日間はそこら辺に落ちている食べれそうなものを食べていたけれど、とうとうそうすることもできなくなってしまった。
私には帰る家も、家族もいない。
何を思ったのだろうか、海賊は私に一輪の花を差し出した。
「お嬢ちゃん、これをあげるよ。
僕からのプレゼントだ。大事にしな。」
海賊はネリネの花をくれた。
ピンクの、可愛らしいネリネだった。
海賊と別れてから、私は香りを聴いてみた。
この香りは、私のおばあちゃんを思い出させるようだ。
もう思い出したくないけど。
次の日。
何とか食料を見つけて生き延びることができた。
とりあえず半日は大丈夫だろう。
だけどここにいては私は売られてしまう。
私みたいな野生児はお金になるらしいのだ。
とりあえず移動しよう。
海がよく見える場所に着いた。
ここなら大丈夫。
そう思って一息ついた時、言い争う声が聞こえた。
ネリネをくれた海賊と、別の人が喧嘩しているようだった。
「お前、海賊になるなんて正気か?」
「ああ、そうさ。何か悪いか?」
「お前、知らないようだから教えてやるよ。
海賊ってのはな、みんなを困らせる悪い奴らなんだよ。
金目のものを盗んで、自分達だけで独り占めしやがる。」
「そんなことない!僕はそんなことしない。僕はみんなの為の海賊になる。」
「何がみんなのためだ!馬鹿馬鹿しい。」
あの人、海賊じゃないんだ。
すでに萎れかけているネリネをぎゅっと握り、私はネリネの海賊を応援していた。
「お前、ギターと歌は上手いだろ。
吟遊詩人にでもなれば?」
「いや、僕は海賊になると決めたんだ。
ギターと歌は友達みたいなもんさ。」
「ふぅん…。せいぜい頑張れよ。
まあ、お前には無理だろうけどな。」
諍いが終わった。
あの人、落ち込んでるだろうな。
心配になった。
その日の夜。
どこからかギターが聴こえてきた。
繊細な音色。
やがて、声が乗った。
とても、心が洗われるようだ。
教会を想起させるかのようだ。
私は天を仰いだ。
星が綺麗だ。
なんだか、ギターの音色のせいで全てが美しく見える気がする。
何となく、この歌声はネリネの海賊のものだと思っていた。
あの人、いつか本当に海賊になるのだろうか。
色んな島で色んな人に出会うのだろうか。
夜にはみんなで歌を歌いながらパーティをするのだろうか。
私も、いつかその船に乗せてほしいな。
私はすっかり枯れたネリネをぎゅっと握った。
枯れるなよ、私も海に出るんだろ。
そう強く願った。
ネリネは、ほのかに香っている。