娘が死んだ。
鍵をあけて、戸をあける。
バタン、と戸が閉まる音が聞こえてから、あ、家に帰ったのかと、暗い玄関を見ながら気づいた。
片手を見たらビニールの袋を持っていて、アルミの缶が汚く擦り合っている。その音が苛立たしく、いや、気持ち悪い、という方が正しいかもしれない。
袋の中にカンカンと、軽く鳴る音が、重たく耳に届いて、意識にぶつかる。
音を振り切るように、暗い玄関を歩き、暗いキッチンを通り過ぎ、暗いリビングのソファの腰を落とした。
プシュッと、空気が抜ける音に続いて、臭うアルコールの嫌な香り。消毒液の苦手な娘なら、そんなものとっとと捨てろ!とでも言うだろうか。
生前の思い出がチラつき、それから逃れる思いで、グイッと缶を垂直に傾け、気づけば空になっていた。
頭から足の指の先まで、体がほたっているのを感じるほど、着ているネクタイまで黒いスーツに首が締められる感覚。
酸素が行き届かなくて気絶するように、目を閉じた。
全てが暗いままだった。
決まった香りのこの場所で。
ドアを開けるとカランコロン。
まばらと言うには人が多く、会話が混ざって聞こえる程度。しかし、ところどころに空席が散らばっているのも目に入る。表すのに言葉が見つからない、中途半端な人の数だが、でもまだ見当たらない。
どの席に座ろうかと考えていると、またもやベルがカランコロン。
聞き慣れているはずなのに、心臓が一瞬跳ね上がる。
客か、いや客ではないはずはないが、何だ誰だと思ってしまう。
臆病な性格は昔からで、いささかなことにも体が反応する。怖い、そういう感情ではない。不安に似た何かだ。いつ来るだろう。
席に座って、少し優しくカランコロン。
音に目が移って、すぐ戻る。音が違う、なのに見てしまうのは前述の通り。
テーブルに腕を置いて、とん、とん、とん、と一律に指を机上に当てる。自分でしているのに、その動作が苛立たしい。すぐに止める。
自分が発する音に対して、苛立ちを覚えることがある。決まってこの店に来たときで椅子を引きずって耳に嫌に響く音。頭を掻いて、かりっ、かりっ、とする音。ときに、空気を吸って、息を吐く音が苛立たしい。来る前に落ち着こう。
ベルが鳴る。その前に見てしまう。
ドアを開けて入ってくる。心臓がどくどく跳ねる。
こっちに近づいてくる。心臓の音に苛つく。
席に座る。思考が止まる。
「それで、なんでいつも店に呼び出したの?」
気づかなかった、ポケットに入った小さな箱。
出会ったこの場所で、紅茶の香りがするこの場所で、彼女に伝える。